類似した経験は、新たな経験を積み重ねることで上書きされてしまうもの。認知行動療法を支持


人の意識や記憶はどのような脳内処理で説明できるのか?の研究が続けられています。過去ブログで、人の脳内イベントは、MRIなどを用いて調べられていることを紹介しました。又、アルツハイマー病では、神経細胞の外に貯まる物質(アミロイドA)により細胞表面の受容体が壊されて、細胞が消失してしまうことを話しました。
 
今回は、記憶の維持、そして記憶の強化についての、脳内メカニズムについてです。動物は、記憶をため込むために、脳内で蛋白質を合成します。新しい事実を記憶した後、新たな記憶を積み重ねることにより、過去の記憶が変化していきます。動物の記憶には、脳内神経細胞内での蛋白合成が必要で、蛋白合成時には、遺伝子を動かすための転写因子と呼ばれる多数の蛋白が必要です。
 
こうして記憶に必要な蛋白を合成して、記憶を強化・維持していくのですが、記憶の保持には、さらに、次なる蛋白質やその貯蔵場所を必要とします。最初に記憶の獲得に必要だった因子とは、異なる因子を必要とします。しかし、同一ないし類似した記憶の獲得においては、以前に獲得した記憶に上書きされるように記憶が維持されます。動物が過度の恐怖におびえ続けることを避けるための、生存のための仕組みであるとも言えます。
 
1990年後半には、動物が記憶を作る時には、サイクリックAMPが結合できるCREB-C/EBC蛋白が必要になることがすでに明らかになっていました。CREB-C/EBC蛋白合成をブロックすると、動物は記憶を保持できません。動物モデルを使い、恐怖を覚えさせ(恐怖の獲得)、その恐怖を避けるための記憶の保持テストなどの実験手法を用いて、動物の記憶研究が進みました。
 
記憶研究には、記憶を作る蛋白質CREB-C/EBCを人工的に操作する手法が用いられました。記憶蛋白質を薬剤で分解処理したり、遺伝子発現をとめる(蛋白がつくられないようにする)などの、人工的な操作を加えて、記憶がどのように変化するかを調べました。こうした脳科学から、得られた知見は、記憶は保持、強化されていくものの、思いだしたり、再度、強化されるための脳内イベントは、別だということでした。又、類似した経験は、新たな経験を積み重ねることで上書きされてしまうものであることもわかってきました。これは、認知行動療法を支持する根拠となりそうです。
 
今回、紹介するのはラットの恐怖実験です。ラットの記憶は、どのような脳内イベントの結果なのでしょうか?今回紹介する実験では、ラットの脳内物質を人工的に変化させて、記憶への影響を見ています。MilekicらLearn Mem. 2007 18;14(7):504-11.
 
方法は、まず、ラットに恐怖を覚えこませます。ラットに電気ショックの恐怖を負荷して、次にその恐怖をさける行動がとれるかを調べます。具体的には、ラットが元の小部屋から他の続き部屋に移動すると、次の部屋には、足に電気ショック(恐怖)が流れるようにしておきます。ラットは、そのショック部屋から出て、元の小部屋に戻ります。この時期は恐怖記憶の獲得です。
 
次に、記憶テストに移ります。テストでは、ショックは、流しません。恐怖記憶を獲得したラットを、再び、元の小部屋に入れても、ラットは、恐怖をおぼえているので、すぐショック部屋に移動することなく、元部屋に留る時間が長くなります。ラットは、48、96時間、2週間後にも、恐怖を覚えていて、ショックのある部屋には移動しにくく、元の部屋に長く留まる状態が維持されますが、この元の部屋に留まる時間を測定して、ラットの記憶能力を測定します。
 
恐怖負荷後、48時間経つと、ラットは小部屋にとどまる時間が長くなり、恐怖の記憶は強化されていることがわかります。さらに恐怖負荷後、2週間たつと、恐怖記憶はややうすれてきて、ラットが小部屋に留まる時間がやや減少します。
 
こうした背景のラットに、記憶物質を変化させる薬剤を用いて実験します。
記憶を変化させるための人工的介入の手段は、①脳内薬剤注入と、②アンチセンスODNによる遺伝子操作です。
 
ラットが、恐怖記憶を得たすぐ後に、脳内扁桃体の外側核BLAに薬剤(アニソマイシン)を入れてCREB-C/EBC蛋白の合成を阻害すると、テスト時のラットは、恐怖を忘れてしまい(ショック部屋に行ってしまい)、元の小部屋に留まる時間が短くなります。
 
次に、薬剤の注入する時期を変えます。今度は、恐怖獲得してから48時間後のテストの後に、脳内扁桃体の外側核BLAに薬剤(アニソマイシン)を入れます。CREB-C/EBCの合成が阻害され、ラットは、元の部屋に留まる時間が短くなります(強化できないばかりでなく、前の記憶をわすれてしまう)。一方、薬剤注入の処理をしないラットでは、96時間後でも、同程度の記憶がありました(ショック部屋に行かずに、元の部屋に留まる時間が長いままでした)。
 
次に薬剤ではなく、アンチセンスODNを使って蛋白合成が阻害させて、ラットの記憶への影響を見ました。アンチセンスODNは、遺伝子に作用して、転写を阻害できる物質です(蛋白はつくられない)。アンチセンスODNを脳内扁桃体の外側核BLAに注入しますが、ODNが有効なのは注入後2-5時間以内です。この物質は、長くは脳内部位にはとどまりません。
 
恐怖負荷後48時間後のテスト直後にアンチセンスODNを注入しても、アンチセンスODNの効果は出ません。ラットの恐怖を保持されています。しかし、テスト後5時間にラットの脳内にアンチセンスODNを注入すると、次なるテストでは、ODNが効いて記憶が消され、ラットはショック部屋に移動してしまいます。
 
恐怖負荷をして2週間がたつと、扁桃体のCREB-C/EBC蛋白を操作しても、ラットには変化が起きません。すでに、2週間がたつと、恐怖記憶は保持されていても、新たなCREB-C/EBCの合成は必要としないことがわかりました。つまり、保持されている記憶は、扁桃体外側核BLA のCREB-C/EBCの合成を必要とすることはなく、それとは別の機序により脳内に留まっていることを示唆します。つまり、長期の記憶の保持には、CREB-C/EBC蛋白の関与が薄くなる事を示します。
 
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