以前の当ブログの拾い読みです。
今回も、TCR議論です。
2018/06/13 yap*ari*w*katt*na*さんが登場します。
yap*ari*w*katt*na*さんは、学とみ子がTCR遺伝子と、T細胞受容体蛋白の話を混乱していると決めつけます。
臨床ワールドでは、TCRが欠損している免疫不全症という病気があります。
こうした病気を見れば、遺伝子異常と機能の欠損ということが、連続的な現象として捉えられます。
yap*ari*w*katt*na*さんたちのような頭でものを考える状態ではありません。
だから、学とみ子が遺伝子異常と蛋白の関連を理解できないと yap*ari*w*katt*na*さんが言うのは、ホントに相手のことがわからない見当はずれな指摘なのですね。
本当に、 yap*ari*w*katt*na*さんは、何度も、何度も、おちょくり言葉を繰り返し、駆使して、学とみ子を誹謗しました。
学とめ子と、同じタイプ(ないしは同じ人)だと思うのです。
ES画策学者は、自らの無知が見えず、相手は無知と決めつける、懐が狭い人たちです。
学とみ子がこうした事を言うのは、見当はずれな悪口を言われることへの抗議なのですが、ESねつ造正当論者からすると、嫌みな反論になるでしょう。
明日のため息さんは、また、嫌みタラタラというでしょうね。にせ医者という言葉が何回、発せられるでしょうか?
それを見た一言居士さんが、まずます同一人のお戯れとして、蔑視するのでしょうね。
まあ、そうした行き場のないワールド感の中で、学とみ子はチャレンジしているんだなと思います。
少し、気分を変えましょう。
yap*ari*w*katt*na*さん、免疫欠損マウスを飼育してみてくださいよ。
そうすれば、いちいち、遺伝子異常と蛋白異常を別々に考えたりしなくなるはずです。
このように、STAP事件というのは、いろいろな誤解が渦まいたのです。
STAP細胞の専門性が高いからです。
そうして、誤解から生じた成り行きを、誰も「私は他人に間違った知識を与えてしまった」とカミングアウトしたり、反省したりしませんでした。
専門家と言われる人たちも、間違ってしまった領域なんですね。
TCR議論が始まった頃の、yap*ari*さんは、このようにコメント(青字)しています。
2018/5/21(月) 午後 0:54
>. STAP研究におけるTCR再構成の意義を(学とみ子が)まるで理解されていない、あるいは大きく誤解されているのではないでしょうか?
・・酸性刺激によって分化した体細胞が初期化したものである、ということを示すために、TCR再構成が起こったT細胞を材料としてSTAP細胞を作成して、そこにはTCR再構成を示すバンドがある、というのが、例の改ざん研究不正とされたFIG.1iの電気泳動の画像だったわけですが、、
・・・
すでに査読の段階で、STAP細胞が初期化された細胞だというなら、STAP細胞由来のテラトーマやキメラマウスにもTCR再構成を確認すべきという指摘されていたわけです。
この対象はT細胞ではありませんよ。
STAP細胞由来のあらゆる細胞には、STAP細胞のDNA配列が複製されているはずなので、それを調べろという意味です yap*ari*w*katt*na*さんは以下も言っています。
2018/5/21(月) 午後 8:43
>.そもそも、STAP細胞なるものが、MUSE細胞のように元々存在していてセレクションされたものではなく、酸性刺激によって分化した体細胞が初期化したものである、ということを示すために、TCR再構成が起こったT細胞を材料としてSTAP細胞を作成して、そこにはTCR再構成を示すバンドがある、というのが、例の改ざん研究不正とされたFIG.1iの電気泳動の画像だったわけですが、、
2018/5/22(火) 午前 8:46
一番目の文章におけるTCRは、再構成された遺伝子配列のことですね。 学さんは遺伝子欠損とも言われてますが、30億塩基対の内のVDjunctionの部分の数百?の塩基対が欠損しただけのことで、ES細胞並みの多能性を獲得していたのなら、キメラマウスとして誕生する可能性は十分にあるでしょうね。yap*ari*w*katt*na*さんは、キメラにもTCR再構成が必要と主張をしていましたが、その後は、キメラに再構成があればSTAP由来と言えるとの理屈へとチェンジし、主張を切り替えていったのですね。
この間に、yap*ari*w*katt*na*さんは、いろいろ、勉強をしたのでしょう。つまり、認識が変わったのです。
短い遺伝子領域における一律な塩基変化ではないことがわかったのでしょう。
いづれにしろ、STAP事件では、研究者たちの間にいろいろな誤解があったことが、STAP打倒への追い風になりました。
研究者たちは、誤解に気づき、自ら学び、修正が可能だったのですが、基礎力のないマスコミ人は修正できなかったのではないでしょうか?
情報を流したES画策学者たちは、マスコミ人に間違いがあったことを謝罪し、しっかり正しい情報提供したのでしょうか?
少なくとも、当ブログまで、学とみ子をたたきにきたES画策学者は、プライドが高く、自らのミスを認めない人たちです。
そして、ため息さんは、今も学とみ子をたたき続けているのです。
わざわざ、
記事までたちあげて、学とみ子反論の意味さえつかめないで、ため息主張をくりかえすだけです。
ため息さんです。青字
>学とみ子曰く:「細胞の増殖能が突然獲得されたなら、コンタミが無いことをしっかり確かめなければいけないのではないだろうか? 」
ため息曰く:「だから筆頭著者は混入事故を意識して記者会見でES細胞の混入を否定した発言があったのでしょ。」
この当方の応答のどこが以下のように、ため息さんは関係のないことを持ち出してくるようになりました。なんでしょうか?意味がわかりません。STAP論文によると、ACTH培地での培養すると、STAP細胞が自己複製、自己増殖が可能になったことがしめされています。
仮に、この培地がES、TSで汚染されたりしていると、その後の培養継続途上で、STAP細胞がES、TSに置き換わってしまうリスクが考えられます。そうした懸念を持つ人はいます。
しかし、ため息さんは、学とみ子文章がそうした意味であることがわかりません。
小保方氏のESねつ造が疑われているのは、酸浴実験です。
小保方氏だけが、混ぜる人であるとの設定です。
ESねつ造説では、酸浴後、day7までに、小保方氏が混ぜるストリーになってます。
その後にもESが混ざるリスクがあることなどは、記者は情報提供されていません。
以下のため息コメントも学者とは思えないようなコメントですね。
>使用したマウスが違うから再現されなかったという原因を、このコメンテータが推測したのに学とみ子はその推測された原因について読めなかったわけですね。上記も見当はずれです。
遺伝子構造の変化が、細胞初期化に関連することがわかれば、さらにその先に研究を進めて、その細胞の遺伝子制御と初期化関連を調べるのが、科学です。
つまり、その細胞をつかって初期化再現性が高いことを確かめて、次の関連性の遺伝子探索をするのです。
過去においても、がんの遺伝子研究では、がんが発生しやすい培養細胞の遺伝子研究を積み重ねて、いろいろな蛋白のリン酸化と細胞の不死化が関連することがわかってきました。
研究途上では、ある研究所で使われた培養細胞のみで、がん化の発生率が高かったりしたのです。
こうした場合は、研究者のねつ造が疑われたりします。
しかし、ねつ造騒ぎを乗り越え、がんと遺伝子異常の関連性について、人類はたゆまぬ努力を続け、がん研究が進みました。
今は、ため息さんも勉強したでしょうが、かつて、ため息さんはがんが遺伝子異常であることすら知りませんでした。
ため息さんは、iPSとSTAP細胞では、遺伝子周辺知識で大きな違いがあることも理解できません。もう、ごちゃごちゃなんです。
議論になりません。
ため息さんは、学とみ子の反論の意味が通じないのです。
「あの日」によると、初期の頃には、女子医大と神戸若山研究室で、スフェアのやり取りをしていました。
その頃は、小保方氏の持参したスフェアを、そのまま初期胚に入れていたようですが、実際に、キメラが成功した時には、どのような状態でスフェア処理がされたか、小保方氏は知らないというのが「あの日」の内容です。
そして、繰り返してスフェアを若山氏に渡していたとも書かれています。
小保方氏は、スフェアからキメラまでの経緯を、はっきりと書くことができませんでした。
つまり、いつ渡したスフェアが、どのように処理されたのか?キメラはどれからできたのか?を、自ら記録することができませんでした。
小保方氏自身は、精度の良いスフェアを作ることに集中していたのでしょう。
捏造騒ぎになって、小保方氏が実験状況を語ることができない様を一般人が見て、世間からねつ造呼ばわりされることにつながってしまったのでしょう。
こうした実験状況の一部について、一般人が知ることができたのは、「あの日」の発売後でした。
本来、実験捏造の実態調査は、どの実験者もフェアに扱われるべきですが、STAP疑惑が権力抗争事件化していたことや、科学界の価値観がからみ、フェアな裁定がなされませんでした。
特に、学とみ子が強調したいのは、桂報告書には明らかに書き手の科学レベルにばらつきがあることです。
例えば、粛々と書き上げた科学報告書文章に、低レベルの印象操作がまじっています。
まるで、権力者が後から加筆したかのような印象になってます。
しかし、結果として、”不正判定ができない”との報告書の多くの部分に書き込まれた文章が、この事件の本当の実態を示しています。
調査委員会は推論、想定したことが多々あったと思うのですが、そこをあからさまにしないことを選択しました。
小保方氏が不満なら、小保方氏自らで訴訟で戦う材料だけを、調査委員会は公開したのですね。
それぞれの実験実態、実験実施者、責任者の確認などの作業結果は公開されず、ESを混ぜた人であるとの印象操作された小保方氏には手記との手段しかありませんでした。
しかし、小保方氏は、手記と言えど、決定的な事を書けませんでした。
例えば、小保方氏は、繰り返しスフェアを渡していたので、そこからできたデータや写真はどれがどれだか、小保方氏には知ることができませでした。
キメラも幹細胞も、若山研究室実験であり、スフェア材料提供だけの立場でしかありませんでした。
小保方氏が知ることのできない実験現場状況があったのです。
論文でしめされているACTH培地の実態はどのようにものであり、その培地管理は誰がしていたのか?小保方氏は、もう少し、経験したこと、見聞きしたことを「あの日」に書けたと思うのですが、小保方氏は意識して書かなかったのです。
そうした状況を「あの日」の読者は、理解します。
しかし、小保方氏が見たもの以外は「あの日」に書かれていないことが、逆に、内容記述に客観性を持たせる効果になっています。
読む人の想像力、科学の力量に委ねられています。
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