当ブログと、一研究者ブログの質は、全く異なる様相です。

遠藤氏の考え方を学ぶために、今、一研究者ブログをみていますが、当ブログと様相が、全く違います。

こんなことを言えば、plusさんから真っ先に、「当たり前だろが!大バカ者!ブログ主の質が違うだろが!」と言われそうです。

「コメントの多くはジャンク」などと、一研究者ブログ主は、どこかで、発言していたのには、学とみ子は驚きました。にも関わらず、実に多くの熱心なコメントが、寄せられています。

一研究者ブログ主と、遠藤氏のやり取りは、ドキドキする迫力があり、読みごたえがありました。

ざっとした印象ですが、コメント寄せる人たちは、それぞれに言い分が独立してます。それぞれに言いたい話題が分散してます。

ところが、当ブログは、学とみ子が情報を出せば、ため息ブログから、それに対する激しい批判、否定がすぐ出る。学とみ子が書いた内容を全面的に否定するコメントがすぐ出る。

ため息ブログメンバーは、学とみ子が書いた内容をきちんと理解できているとは思えない。しかし、ため息ブログメンバーは、自身が学とみ子より優れた知識人であると激しいパフォーマンスを展開するのである。

ため息ブログ主自身もそうした人であるから、ため息ブログが正しいと、それぞれのメンバーが主張する。それぞれの人は、良く科学がわかる人であるとパフォーマンスをする。メンバーは、集団で、学とみ子デタラメよばわりを確信的に行う。

学とみ子は、ため息ブログメンバーと交流を試みる努力する気がないわけでもない。しかし、ため息ブログは、学とみ子の理屈に関わらず、自らの正当性に固執するので、大事な議論ができないのである。お互いの理解が進まず、結局、悪口だけが行き交っている。

一方、一研究者ブログのコメント合戦は、お互いに自身の優越性を主張しあっているわけでない。

今も、STAP議論を続け、ため息ブログに残っている人と言うのは、とにかく、そのSTAP知識レベルを問わず、自身の知識を自慢したくて仕方ない人だけとなってしまった。

自らに優越意識が高いこうしたタイプの人は、学とみ子から追及されると、反論でなく、反発に侮辱をセットで返すしかなくなる。結果、悪口が行き交い、もう最初の対立点など、どこかに行ってしまう。

ため息さんが、優越感の強い人を専門家のように持ち上げた結果、今のような悲惨な様になったのだろう。もちろん、当初ブログ側にも責任がある。

学とみ子の言い分を理解せず、議論が進まない今の状況では、ため息ブログとのコメント合戦の意味は無いのだ!である。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント