医師が個人的見解を述べることは、許容範囲とは思うが、医学的常識ではないことがある。

病気の説明には、医師の個人的見解というのがある。それが、しばしば、一般論として通用してしまうことがあると思う。人々は、医師が言ったから、正しいと思いこむのである。
 
まして、テレビに出る役職のある医師が語る言葉であれば、周りの出演者などが、“初めて聞いた”などと、感心して聞いてしまう。そして、それが、確立した医学理論であると,、誤解してしまうのである。
 
一般的に、NHKの健康番組などでは、おおむね、医療人の間で、コンセンサスが得られた医学的知識が紹介されている。 しかし、たまには、そうでもないことがある。
 
つまり、一般の医師が聞いたら、“えっ!、それって、あなたの意見にすぎないのじゃないの?”というような解説内容だ。人柄にもよるが、医師は、しばしば、個人的解釈を話すものなのだ!
 
先日も、そのようなことがあった!“内臓冷え”という言葉が紹介されたのである。
 
医師の個人的見解は、有る程度まで、許容範囲であるとは思うが、私は、健康不安をあおるような言葉には、抵抗を感じる。個人的な解説が、常識として信じられてしまい、健康不安があおられてしまうことがあるからである。
 
人々は、その言葉を聞いた時から、病気になる。がん検診で、スクリーニングにひっかかった時から、がんの気分になるのに似ている。不安神経症が悪化するのである。
 
女性は、冷えと言う言葉を使う。しかし、実際の症状は、個人差が大きく、混とんとしたものである。
 
不安を感じやすい女性の脳は、不安が、全身症状として反応してしまうのだ!
 
女性がよく訴える“冷え”の、医学的実態は何なのか?手足が冷たいなら、末梢循環不全などの症状であり、心不全、交感神経興奮などで、末梢血管の血流が少なくなって起きてくる。
 
手足の冷え、あるいは実際に冷たくないが、冷えていると感じていること、これは、精神科領域においてなら、不安神経症の範疇に入るだろう。

内臓冷えの説明として、テレビの映像では、耳の奥にセンサーをいれていたような気がする。しかし、こうした手法や、内臓冷えの概念は、まだまだ、医師の間では、議論がある病態であると思う。

この番組のせめてもの救いは、冷えの治療は、体を動かすこと、運動をすることであると、紹介されたことだ。これなら、不安神経症でも、効果が期待できることがある。
 
漢方薬で使われる“未病”と言う言葉。この言葉も、罪つくりな言葉である。私には、この言葉は、健康不安をあおる何もの以外でもない。
 
恐い!恐い!と、長く脳にインプットされると、頭でっかちの人には、病気が起きている。例えば、食物アレルギーでは、こうした思いこみがおきる危険がある。

本来の食物アレルギーは、医学的にも機序が解明され、病気の元を“物”として、証明できる。しかし、こうしたアレルギーが元凶でなく、しばしば、思いこみ食物アレルギーがある。

乳児期におきたアナフィラキシー症状から親が立ち直れず、その子どもが、年長になるまで、ずーと、親が食べさせない。その結果、その子どもは、除去していた食品が恐くてしかたなくなるである。

成人でも、一旦、食後にひどい目に会ったと思いこんだ食物をその後、ずーと食れなくなることが起こりうる。
 
体調が悪い、やる気がおきない、などの症状は、内臓冷えと言う言葉を信じた時、増強するだろう。

私の拙著“女性ホルモンという名の神話”で、不安神経症の女性を描いた。 この中でも、冷えの概念が語られている。
 
小説の中に出てくる化学物質過敏症の女性は、家庭内のつらい日常生活を、化学物質過敏に転嫁していた!医師から診断をもらうことにより、さらに、この女性の不安症状は悪化してしまった。しかし、この女性の病気は、環境が改善することにより、化学物質過敏症の症状は消えていくのである。
 
私は実際に、化学物質過敏症と診断した書面を見たことがあるが、その中身は、納得できる内容ではなかった。かつ、病院名はかいてあるものの、公印は押していなかった!私の勝手な推定であるが、この医師のそばの医療関係者も、この診断書の内容に、抵抗があったのではないだろうか?
 
今は、ありとあらゆる健康情報、病気の情報がでている。医師の言葉にも、おかしなものや信じられないものがある。中には、私の無知に基づく誤解もあるだろう。しかし、どのような立場であっても、健康不安をあおる情報に振り回されないで欲しいとつくづく思うのである。
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