放射能問題とBSE問題には、似た部分が多い。日本独自の判断がマイナスに。

日本は、安全基準が厳しい国と言われる。しかし、そのバランスはとても日本的だ。すなわち、日本の安全対策は、必ずしも世界水準ではないように思う。

11月23日の毎日新聞に、狂牛病BSEの検査が全頭検査でなくなる理由について解説があった。この記事によると、日本は、いつまでもBSEの全頭検査を続けていると書かれている。

2001年、日本でBSEが問題になった時、とにかく、国は消費者の安心を確保しようとしていた、全く未知の病気が持ち込まれた当時,、知識のなかった政府や地方自治体は大混乱になり、厚労省も右往左往、各都道府県に知事直属の対策本部などが作られた。しかし、行政内部の役人たちは、十分な知識を持たなかった。
 
当時の社会の価値観から、BSEの検査は、どんなにお金がかかっても、徹底的にやるべきことと位置づけられた。全頭検査をやれば安全性が確保されると信じた人が多かった。というより、厚労省は、安全徹底の世論に押されたのである。議会や政治家から圧力がかかれば、正論より民意に従うのが行政の役割である。
 
それでは、民意とは、何なのか?民意とは、国民自身が勉強して、自らが主張する方向性であるが、現実の民意は、マスコミから多くの影響を受ける。しかし、マスコミは、標準的で優等生的な意見は好きではない。
 
今回の放射能事件でも、NHKに登場する大部分のコメンテイターや専門家は、標準的意見を述べていたが、民放は、標準意見を言う専門家を御用学者と呼び、権力へすりよる人とけなした。そして、民放は、個人的見解や、危険を唱える学者を選ぶ傾向があった。ええっ!と思うコメントも多くあった。話題性が高いことが、民法では求められるからだ。

放射能問題も、BSE問題も、多くの国民は、専門家ではない。そして、政治家や役人も専門家ではない。その結果、多くの混乱が起きている。
 
昨日の毎日新聞記事を読みながら、私は、放射能問題とBSE問題には、似た部分が多いと思った。
 
安全を厳しく追及する日本の価値観が、BSE全頭検査を続けた理由であろう。そして、今は、福島より遠くはなれば場所でも、放射能の除染対策が進められている。
 
BSE問題にもどって、考えてみよう。獣医学に限らず、世界の医学は常に進歩している。一旦は信じられた事実も、その後の研究で新事実に置き換わり、元の考えは上書きされ、それに基づき、BSA対策は変化していく。全頭検査の位置づけは変わったのは、全頭検査の限界が医学的に証明されたからだ。費用をかけ全頭検査をしても、その効果が小さいと判断されたのである。
 
欧米の科学者は、自ら英語情報をリードし、それは政治にも直結している。先進国の政府内には、実務と知識を兼ね備えた学者がいる。英語が日常手段である国では、科学は日常と直結している。全頭検査をしても、所詮、脳の一部を調べるだけで、その一部が陰性でもすべての脳脊髄が陰性であることを保証するものでない。
 
こうした科学知識は政策にも反映され、諸外国では全頭検査はされることはなかった。発展途上国は、賢く、欧米の知識にならった。
 
しかし、日本は、独自の安全性が主張された。マスコミも大いに騒ぎ、政治家が動いた。
 
しかし、費用をかけ、そこまでしても、所詮、完全なBSA排除はできなかったのである。
 
牛を賭殺する時に、牛の脳にピッシングという麻酔処理をするらしいのだが、その時に、感染ブリオンが飛び散る危険があるという。諸外国では、ピッシングをしなくなったが、日本ではいつまで続けていたらしい。
 
2008年、そうした世界の情報をかんがみて、厚労省は全頭検査への補助金を中止した。しかし、それでも、地方自治体は全頭検査を続けたという。地方自治体は、全頭検査をやめるための理論武装を欠いていたのだろう。
 
安全対策を必死にやっているつもりでも、日本のやり方は、意味のない作業にとりつかれていたのである。学術的に弱い日本の現状を露呈した。学者の政治への影響力が足りないのである。
 
今後、日本の行政システムの中に、世界水準の知識を日常的に反映させる組織づくりと人が必要だ。公務員試験が難関である今は、役所内のレベルアップは期待できる。

マスコミに扇動された民意や、政治家の誤解から来るごりおしで、政策がねじまがらないようにしてほしい。世界水準の知識や理論で、政治が機能するようにしてほしい。特に、病気の対策では、とても大事な問題である。世界標準で対策すべきである。
 
日本の医療行政が、世界水準からずれることは、今もしばしば起きている。例えば、新型インフルエンザ騒動である。
 
刻々と変わる医学情報の把握が不十分で、厚労省も自治体も的確な対策ができなかった。日本に入ってくる頃には、かなり病気は軽くなっていることを、臨床医はすぐ理解した。

元々、呼吸器に感染するウイルスによる急性の病気を、水際作戦などで防ぐことはできない。しかし、政治家やマスコミは、不可能な安全性を唱えた。新聞にも、水際作戦を徹底しろとの大学教授のコメントなどが載った。こうした記事を書いた人は、臨床現場をしらない学者であった。WHOの日本人長官も、おかしなことを言っていた。当時の舛添大臣も病気がわからなかった。厚労省の中には、すぐに病気の理解した人もいたと思うが、政策に生かせなかった。
 
厚労省内には、水際作戦が無駄であることを知る専門家がいたが、そういう医師の意見は通らなかった。この経緯については、講談社:の村重直子医師による”さらば厚労省 :それでもあなたは役人に生命を預けますか”に詳しい。
 
村重直子氏は、1998年、東京大学医学部卒業。横須賀アメリカ海軍病院、ニューヨークのベス・イスラエル・メディカル・センター、2005年に厚労省へ医系技官の課長補佐として入省。2008年3月から大臣直属の同省改革準備室、7月に改革推進室、2009年7月に大臣政策室、10月に内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)付。2010年3月、同省退職。 http://www.amazon.co.jp/%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%B0%E5%8E%9A%E5%8A%B4%E7%9C%81-%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%A7%E3%82%82%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AF%E5%BD%B9%E4%BA%BA%E3%81%AB%E7%94%9F%E5%91%BD%E3%82%92%E9%A0%90%E3%81%91%E3%81%BE%E3%81%99%E3%81%8B%EF%BC%9F-%E6%9D%91%E9%87%8D-%E7%9B%B4%E5%AD%90/dp/4062161486/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1322134171&sr=8-1
 
流行が始まる前から、空港検疫所の医師らが、水際作戦などでは、流行は防げない事を知っていたにもかかわらず、水際作戦は実行されていたのだ。
 
成田日赤にも、足止めをされた健康な乗客が多く出た。乗客も医師も我慢した。誰かの圧力で、成果のないことをやらされたのだ。
 
今回の放射能対策に戻るが、私もこのブログで、広島長崎の原爆被爆での長年にわたる疫学調査の成績を紹介した。この発がんのデータは、世界に誇る日本の科学データであるが、マスコミで、原爆被爆者の発がんについて議論する番組には、お目にかからなかった。一般向けには難しく、マスコミ受けがしないのである。
 
長年、広島長崎の原爆の疫学調査に参加してきた専門家の医師が、「心配するレベルではない」など言っても、今も、危険や不安をあおる報道は後をたたない。
 
放射線専門とする医師の中には、政治家(枝野長官)の「直ちに健康に障害はない」との言い方を、無責任発言で問題視すべきとする人がいる。
 
押し並べてさまざなレベルの人たちの不安を除き、パニックにならないためには、政治家は、この言い方しかできなかったように思う。緊急記者会見の政治家は、専門的知識があるわけではない。枝野長官は、がんばったと思う。しかし、言い方に対する批判を高かった。
 
もし、枝野長官の知識が深ければ、もっと胸をはって、「心配しないで!」と言えたのではないだろうか?
 
放射能の微妙なリスクを理解するのは、基礎知識が必要である。ゼロまたは100ではないのである。
 
世の中にはリスクの度合いというものを、理解できない人がいる。安全か、安全でないかの結論しか、理解しようとしない人もいる。慢性障害と急性障害の違いが理解できない人もいる。
 
 多くの人は、心配だけど、よくわからなし、心配してもしかたないと感じていた。これは、人の強さであると思う。そして、時間がたてば、本当に問題があれば、議論は消えていくことは無い。ここは、人の賢さである。
 
急性期のみ騒いで終わりというのは、科学が生かされていない。
 
爆発後に降った雨の影響で、東京の飲料水が一過性に100ベクレルを超えたことがあった。この時、都は、水道水を子どもに飲ませないようにとの行政指導を出した。これも行き過ぎていると感じた。ペットボトルでお米を研ぐ人は、やりすぎである。リスクを全く、理解していない。

医師の中には、原発反対の人も多いため、その医師たちは、今回の事故を、原発反対の材料にして、危険性をあおる。しかし、原発反対と、目の前の危険は、わけて論じて欲しい。専門家でない医師でも、危険と言えば、当然、影響力が大きいのである。
 
リスクを理解できる人には、どのような言い方をしてもかまわない。しかし、理解できない人向けには、不安をあおるだけだ。原発反対の手段として、放射能の危険性を説くような事を止めて欲しい。
 
放射能の専門家は、リスクの理解が不十分な人に向けては、理解が深まるような方向付けをしてほしい。今後の日本人がかかえる放射能リスクについて、時間をかけて医学の情報提供してほしいと願う。
 
今、妊娠している女性、乳児をもつ親などが、理解が不十分なまま、不安だけが高まるような専門家アドバイスは、マイナス効果の方が高いと思う。
 
非専門家、専門家を問わず、未知の問題が起きた時には、入り乱れて意見が出る。
それ自体は、民主国家が健全であることを示すものだ。

狂牛病対策と、今回の放射線性対策には根本的な違いがある。今回の放射線対策の問題点は、教えてくれる欧米という名の頼もしい先生がいないことである。
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コメント

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shi*o*3318
BSEに関しては、C県は第1発見の県でしたから、止めるなんて、とんでもないという意見が大方を占めていたそうですね。
これからも最後に残った県にならない限り、止めないでしょうね。
今回の放射線騒ぎとと似ているというご意見、まったくだと思います。
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