猿人、原人の時代から、女性の不安症は多かったと思われる。

前回、アファール猿人の事を書いたが、この像をみて、夫の足跡の上を妻は歩いたということが、印象深かった。
 
夫の重い体重で踏み固められた地面は、女性が安全に歩ける状態に変化した。女性は、男性に感謝して歩いたことだろう。
 
私がこの話を友人にしたら、彼女は、田んぼは男性主体、畑は女性向きという話をした。田んぼは、田植え稲刈り作業に、時間制限があり短時間で終わらせる必要がある。体力や瞬発力のある男性に向いている。沼地で足をとられるので、非力な女性には大変だ。
一方、畑は田んぼよりはゆっくりとした作業で済むらしいと言った。
 
夫が踏み固められた地面を歩くのは、妻にとってありがたい。襲いかかる外敵も多くいたことを思えば、妻は、強い夫の足跡を頼りにしたことだろう。
 
他人に依存する生活は、安心である一方、別の不安を生み不安定な側面もある。夫はいつ敵におそわれるかもしれないし、足跡を作れなくなるかもしれない。女性が安心できない条件はいくらでもある。
 
こうした変化を予期する時、女性は不安になる。猿人、原人の時代から、女性の不安症は多かったと思われる。他人に依存する生活基盤は、不安を呼び込み易いからだ。
 
文明が進めば、社会的にも肉体的にも、男女の差は縮まってくる。夫が苦しい思いをして踏み固めてくれた足跡すら、妻は、そのありがたみを忘れて、踏み外してしまうかもしれない。
 
ある日の新聞では、妻が夫の不実を嘆く人生相談があった。子どもある専業主婦からの相談で、突然、夫が、海外で1人暮らしをしたいと言い出したと言う。家庭をかえりみない自分勝手な行動であると、妻は、夫に対して怒りと不満を述べていた。
 
相談をよせた女性は、夫や子供のために、自らの人生をかけてきたのに、この自分勝手な仕打ちはひどいというものだった。
 
この方の夫は、地面を踏み固める作業に疲れてしまったようだ。その原因は不明だが、この夫は、今の生活からとにかく逃げ出したいと思っている。
 
夫は、何か肉体的や精神的疲労感が大きいのかもしれない。頼りきられた妻や子供からの束縛感で、夫はつぶれそうなのかもしれない。夫の精神状態については、質問にも回答にも、ふれられていなかった。
 
この人生相談の紙面を読んで、他人をコントロールすることはできないと、妻は早く悟って、次の行動を起こしてほしいと思った。今の夫は、踏み固め作業に耐えられないのだから・・・。
 
苦しみながらも自立しようとする妻をみて、夫は肩の荷が下りたように感じて、自らの不実に気づくかもしれないし、妻への誠実な思いを取り戻すかもしれない。あるいは、夫は、安心して、本当に去ってしまうかもしれない。
 
男性も若く希望に燃えているうちは、家族のため、人生のために、踏み固め作業をしたいと願うようだが、いろいろな状況で男性の心理は変化してくるだろう。
 
いつでも、人の心は、他人がコントロールもできないし、どうなるかの予想も、他人ができるものでもない。
 
妻が、夫や子供のために・・・してあげてきたとの思いにとらわれるのは、本人にも周りにも不幸なことであろう。
 
現代は、襲いかかる恐竜はいなくなり、女性の体の大きさも猿人、原人より大きくなって、知的能力も増した。
 
安定雇用の破綻した今の経済状態では、夫の踏み固め作業はますます難しくなっているような気がする。
男女間の依存を考えなおすことにより、新たな価値観や展開が生まれてほしいと思う。
 
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