著書“セラピスト”考: 最相(著者)が、一流セラピストの治療に触れることにより、心理療法士の仕事の難しさを理解していくのである。

 
本人が修復できない心の病気を、回復させるのは、誰か?回復させると言わないまでも、誰が回復に向けた指導的役割をはたすべきなのだろうか?
 
心の病気を治すための職業人(セラピスト)は、実際の治療の現場で、いかに機能しているのか?
こと、心の病気に関しては、治療効果の答えは、画一的でない。
 
心の病が重症になり、錯乱、混迷などが著しく、生命の危険を伴うようになった人なら、必要とされるのは、精神科医師である。適切な鎮静剤をどう使って窮地を切り抜けるか?、精神科医の経験と力量が試される。
 
しかし、一般的な心の病気の質は、ここまでに至らない。故に、治療法は一筋縄ではない。
症状が長引いて、現行の治療内容が飽き足らない人は、さまざまな試みをして果たせず、治療を中断するであろう。結局、そうした人は、自分で治したと言う。
 
歴史的にも、心の病気の治療は、紆余曲折しながら、今日に至っている。心の治療には、精神分析を基本とする、フロイド、ユングの時代から始まり、医学をおさめた専門者、つまり医師があたった。
 
しかし、医学といっても、当時、脳の構造や病気などに関する医学知識も技術はなく、現在でも、尚、心の病の治療は、混沌とした状態で、人々の模索が続いている。
 
権威や身分が消滅し、社会の構成が変わり、人々の悩みは変わっていった。人が変われば、病気も変わる。
他の体の病気と同様に、心の病気の治療も医師が中心的であったが、変遷が大きかった。
 
特に、心の病気に特徴的だったことは、医師以外の人たちが、治療に参入してきたことであった。これは、他の体の病気の領域では、見られない特徴であった。
とりもなおさず、心の病気の治療は一筋縄ではいかないものであり、それ故、治療が多様化したとも言える。
 
医師以外の専門者(セラピスト)が、さまざまなアプローチや方法を開発し、実際に治療効果を実証してきた。
 
すでに米国では、1950年頃から、悩める人に対し、セラピストは、傾聴、受容で対応する、カールロジャースの提唱する治療法が広がっていた。カールロジャースは、医師指導の治療現場を否定し、非指示的なクライアント中心療法を唱えた。これは、病気で悩む人が中心となる治療体制で、セラピストは、来談者(患者又はクライアント)を見守る。
セラピストは、精神分析などはせず、悩めるクライアントを受容し、指示を出さない。
 
この治療作戦に対して、医師たちは、専門性、指導性が無く、治療とは言えないと批判した。そして、患者又はクライアントは混乱してしまうと、医師らは反発した。
 
しかし、新たに、治療に参入してきた教育系心理学の人々は、医学的治療とは異なる、面談を中心とした心理療法を開発し、それを実践し、成果を上げていった。一方、医師たちは、クライアントとの長い面談を嫌い、むしろ、次々と開発される治療の新薬に、興味がうつっていったようである。
 
外国で評価を得た治療法は、遅れながらも、日本の治療現場に入ってくるが、その際、日本流にアレンジが必要だ。このあたりの経過については、最相葉月著“セラピスト”にくわしい。著者最相氏は、1960年以後の日本の心理療法の発展の経過について、丁寧に取材し、本にまとめた。関係者の証言で構成されたサイエンスルポの形態をとっている。
 
外国で開発された心理療法が、日本の学者により、日本的に改変され、成果を上げる様子が詳しく書かれている。実際の研究者や関係者の生の声を集めているのが、本書の特徴である。
心の問題で悩む事例(患者)も細かく紹介されている。
心理療法に携わった著名人らの生の言葉を、紹介していることが、この本の醍醐味と言える。
 
著者の最相は、レポーターとして、心理療法の開発者へインタビューをしているが、最相自身がそううつ病をかかえていて、いろいろな治療経験をしている。
 
以前、最相自身が、自らの病気を見定めるために、心理学の養成学校に行ったり、実際の心理士などによる治療を受けていた。しかし、最相は、心理士に満足することはなかった。最相は、養成学校にて心理士を目指す人々と交わっても、最相は満たされる事は無かったのである。
 
最相は、本の冒頭で、現状の臨床心理士の、仕事ぶりについて、強い懐疑心をぶちまけている。資格の質や、治療効果が期待できないと感じていた。
いったい、臨床心理士の仕事とは、何なんだ!なんてあいまいな資格と仕事なのだ!と言っている。

何十年の経験蓋かな臨床心理士との面談でも、最相は、心理士に満足できなかった。心理士と話をしても、最相の心は満たされない。会話が核心に入っていかないからである。
つまり、最相が、心理士と話を続けても、治療につながらないと感じてしまうのである。
 
他の心理士との面談の際、箱庭療法を受けているが、その心理士は、比ゆ的なことを多く言って、絵空事のような会話しか、交わさなかった。
 
つまり、心理療法が機能するために、それを実践するセラピストの質が必須なのだ。セラピストは、経験豊かで、理解と配慮を示していることを、クライアントに感じさせなければならない。
クライアントが、セラピストに対して人間的な深みと思いやりを感じることができなければ、クライアントは治療されていると感じない。
 
最相は、自ら、心理学の本を読んだり、心理テストの本も読み学んでいる。絵画療法で、木を書くバウム療法(樹木描画法)も知っている。こうした既成の知識を持つクライアントであれば、セラピストもやりにくいだろう。
彼女より、セラピストが、思慮深く、熟練していなければいけないのである。

この著書“セラピスト”に、何度も登場する有名人は、箱庭療法の河合隼男氏と、絵画療法の中井久夫氏である。河合隼男は、日本の心理療法や臨床心理士の創始者であり、箱庭をつかって心理療法を行った。
 
中井は、絵画療法を用いて、統合失調症の患者の発症や回復経過を調べた精神科医であった。中井の考案した絵画療法のひとつが、枠付け法であった。

クライアントが、これから絵を書こうとする紙に、セラピスト(中井)は、枠を書き入れたり、外したりの作業をする。
絵を書こうとする紙に枠がある場合と、枠の無い場合との違いを通じて、絵を書いている相手の心を、セラピストは探るものである。セラピストは、クライアントの心の状態や性格を観察しながら、治療につなげる。
 
この著書の冒頭は、最相が、実際に精神科医の中井に会う場面の描写である。最相は、ライターだけでなく、中井から直接、絵画療法を受けるクライアントであった。
 
そして、最相が、一流のセラピストの仕事ぶりと治療に触れることにより、心理療法の真の姿を理解してくのである。

続く・・・。
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