アドラー心理学考:科学論文は、承認欲求を競うものです。しかし、STAP細胞は論文のためのものでなく、臨床応用という現実的な成果をめざすものです。

 
 
話題のアドラー心理学者 小保方晴子氏の涙に「思惑感じた」
*NEWS ポストセブン 5月6日(火)16時6分配信
「承認欲求を持つな」「自己肯定するな」「子どもはほめても叱ってもダメ」――従来の常識を覆すようなアドラー心理学が、いま、多くの共感を呼んでいる。アドラー思想を対話形式でまとめたベストセラー『嫌われる勇気』(岸見一郎、古賀史健 著/ダイヤモンド社)の著書である岸見一郎氏に、アドラーのエッセンスを聞いた。
 
このような書き出しで始めるネット記事があった。私も蝶々夫人のところでアドラー心理学の紹介をした。2014/4/2(水) 午後 7:48の本ブログ
 
私なりの解釈であるが、アドラー心理学は、人が幸せを感じるための知恵の提供というところだ。
 
彼(彼女)にふられても早く立ち直るためのスキル(考え方)
がんを宣告されても、すぐ気持ちを立て直せるためのスキル
仕事がいやになっても、何とか続けるためのスキル
嫌な奴が上司にいても、つきあっていくためのスキル
近所つきあい、親せき付き合いにいきづまった時のスキル
自分にとりえがないから、生きていてもしかたないと感じる時のスキル

こうした人間関係のつまずき、自分への嫌悪感や絶望などが起きた時、アドラー心理学は、切り抜ける考え方を示唆してくれる。
 
小保方事件についても、この上記の記事は以下のように書いている。

小保方晴子氏は会見で、涙を流さずに言うべきことを言う勇気をもってほしかったなということです。涙という感情に、アドラー心理学者としては、様々な思惑を感じてしまうからです。
 
私の感想では、人は感情の動物なので、泣いてもいいじゃないか?若い女の子は泣くのが普通です。
例の会見で、彼女は言いたい事はしっかり言っていたのではないかと思います。
あの場面で、涙がでるのはしかたないのです。
「STAPはあります!」との小保方氏の言葉は、その断言と遠慮の混じった印象的な言い方でした。
 
私の周りの女性で、この言い方をそっくりまねした方がいました。うまい!
独特の抑揚のある言い方が、人々の印象に強く残りました。
スリッパたたきのパロディにもなるほどのインパクトでした。
 
人々の関心という意味から、理研は大きなマイナスのイメージをしょいこみました。
理研はこの問題で、マスコミのターゲットになるのは、もういやでしょう。
いづれの立場の研究者もカメラの前に出てくるのはいやなのです。
どうふるまっても悪役的な立場になりそうです。
時間を費やして批判を浴び、自らの研究に得になることは皆無です。
結局、専門的判断という大義名分で、処理したいのでしょう。
 
元々、海のものとも、山のものとも言えない次元の研究であれば、それが正しいかどうかは判断できません。
専門家同志、相手の研究内容をねほりはほり、チェックなどはできないのです。
 
後に、STAPが将来、臨床応用が可能になったとして、当時(今の事)の判断は正しかった・・・となり、今も将来も、理研は判断ミスなど認めません。
 
この問題を、アドラー心理学的に考えるなら、まさに「承認欲求を持つな」に反した結果の悲劇となるでしょう。
 
しかし、科学論文は、承認欲求を競うものです。しかし、STAP細胞は論文のためのものでなく、臨床応用という現実的な成果をめざすものです。
 
今の時点のSTAP細胞が正しいとか、つくりものなのか?ではなく、臨床応用に向けて動き出せる細胞なのか、そうでないかが大事です。そこが、将来、判断されていくのです。
 
これからも、こうした万能細胞の研究は、世界中で進んでいきます。
 
小保方氏は、今回の運の悪さを乗り越えて、今後の研究の継続に向けて、前にすすんでほしいです。
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