アドラー心理学考II:著著「嫌われる勇気」にも、努力とは、それぞれの人が、自らの前に向かって進んでいくと書いてある。その方向や速さは必ずしも同じではなく、その人が前と信じる方向に歩を進める。

 
アドラーの教えについて、対話形式で書かれた著著「嫌われる勇気」があります。この本は、売れているようで、アマゾンでの評価も高く、本屋でも山積にされていま。

この本は、哲人と青年の対話の形式で、とてもわかりやすく書かれています。随所に穏やかに生きるためヒントに満ちていて、興味深い啓発書です。
 
しかし、しいて言えば、私のような年配者には、青年の考えが幼すぎるという印象です。できれば、年配者で、人生経験を重ねた人を質問者とし、答える哲人(アドラーの教え)の対話形式にしていただけると、さらにおもしろいのではないかと思います。著者に期待したいところです。

ここに登場する青年は、若い男性の考え方を代表していますので、この点も女性にとっては、やや違和感を感じるところです。
 
世の中に何か足跡を残したい、自らが所有するもの(人や財産)を増やしたいと言うのは、男性的な要求なのだと思います。男性は、お金と名誉が欲しい、美しい女性も多数(?)そばにおきたいとする志向があるのではないでしょうか?。
 
もっとも、この啓発本は、単純化した男性の欲望と、それが得られない時に考え直す男性向け啓発書として、、書かれたものかもしれませんが・・・。著者が男性なので、男性心理を基盤に書かれています。
 
登場する青年の人物像は、世の中に「何か価値あるもの」を残したいと願っている人です。しかし、彼には特別の才能も実績もありません。特に親からは、才能のない弟としてのレッテルを貼られてきた人の設定です。

著著「嫌われる勇気」に登場する哲人と対話する青年は、以下のように書かれています。

厳格な両親に育てられた青年は、幼いころからずっと兄と比較され、虐げられてきた。どんな意見も聞き入れられず、出来の悪い弟だと言葉の暴力にさらされてきた。もし、その親の元に育たず、あの兄が存在せず、自分にはもっと明るい人生があったはずと・・・、ここにきて、青年は、積年の重いが爆発してしまった。
 
この文章を、年配者(私)が読むと、なんでこの青年はこんなに単純に考えるのか?となります。兄の方が成績が良い、体格がよい、努力家である、イケメンである、愛嬌がよい、人付き合いがうまい、女性にもてる。 
これは、ある人生の一時点のこと?と思います。
 
子供が成長すれば、その子は、厳格な両親は、偏った価値観を持った生き方をしていたと、思うかもしれません。厳格に生きて得たものは何か?という評価は、親と子が違っていても良いのです。

人生を長く過ごすと、長所と思われることが、必ずしも長所ではなく、短所となりうるものでもあることに気づきます。

とことん努力し続ける、断念を知らない、あきらめられない、執着する、周りの人をひるませる、最高のものしか認めない、消耗する  などなどマイナスの要素があります。

女性にもてる、イケメンだという長所は、
歳をとって容貌が衰えるのが気がなりつらい、女性を大事にしない、女性の気持ちに配慮するくせがつかない
はたまた、女性にもてるが故に、女性から復讐をされひどい目
にあるかもしれません。

確かに、親は、一方の子どもだけを、よりかわいがるということはありえます。
一方、かわいがられない子どもは、劣等感を感じてすねるので、一層、かわいがられないという悪循環になります。すねているのは、親の注目を浴びたいという切ない子ども心ではありますが・・・。
親なら、ある程度、気付くでしょうし、ある程度は見て調整しているものでしょう。

これが、江戸時代だったら、実の子でないとか、かたきの子であるとか、子どもの知らない複雑な事情があったりするかもしれないですが、現在では、ほぼ、そうした隠された事情など、ありません。
 
たまたま、気のきかない親の場合には、えこひいきな愛情を示すことがあるかもしれませんが、実際以上に、子どもが思いこんでいる可能性もあるのです。親は、単に、気の利かない人でしかないのです。親の期待が見当違いな場合もあるでしょう。親の判断が絶対的なのは、子供のうちだけです。

幼い子どもは、かわいがられないと思いながらも次第に成長します。兄へのエコひいきの原因も見えてきます。えこひいきの原因に対して、弟なりの対策があることに気づきます。それが成長と言えます。
 
対策することは、親から認められるためのスキルアップのチャンスと考えます。親とは限らず、周りの人は、弟の成長を見ていくでしょう。
努力して得られるのは、直接的な成果だけでなく、副次的な成果があります。自らの能力の限界もわかるようになります。
 
弟がどうするかは、弟次第です。弟が弟の人生をしっかり築くためのスキルアップが、アドラーの個人心理学のような気がします。

まず、この青年が、親にかわいがられないかわいそうな子から、脱しなければならない。というより、かわいそうな子供と認識するのをやめなければなりません。
何事でも兄の方が優秀というのは、成長してしまえば関係ないからです。
 
受験などでは、兄は不利になり、弟は、兄の失敗などを参考にすることができます。弟は、兄の立場を考えることができます。優秀と思われた兄にとっても、不利な事があることに気づくでしょう。

弟は、兄は幸せ!という考えを検証します。うらやましい、という感情は、しばしば、誤解からくる可能性です。親に可愛がられ期待されていれば、それに伴う苦労があります。
 
兄は期待に答えなければのプレッシャーに常に追いかけられます。弟は、そうした兄の苦労に気づけば、自らは信じる価値観で生きられます。世の中には、親の理不尽な期待でつぶれる人はたくさんいます。

もし、兄がいつも優秀な人生を送れるなら、兄は、真に有能だからです。失敗をさける能力が高いのです。その時には、弟はかなわないと思うのも良いし、弟も又、努力を重ねる力にするのも良いでしょう。

弟は、兄と同じ人生は送りません。兄と同じ土俵で戦う必要もないのです。自らがもっているものを、前に進めて行く努力をすればよいのです。
 
これは、著著「嫌われる勇気」にも、人の努力とは、それぞれの人が、自らの前に向かって進んでいくためのものと書いてある。その方向や速さは、必ずしも同じではなく、その人が前と信じる方向に歩を進めるのである。
 この本にかかれたとても参考になる言葉である。

競争が、自分にとって有利なら、競争心を推進力とすべきだが、競争に消耗して、不利な面が大きければ、競争の成果にこだわらない方がよい。大事なのは、自分の人生だからだ。あきらめることを選び取るのは、進むと同じ大事な判断と言える。
 
夫に、女性関係が多くあり、悩める女性が、誰にとっても一生は一度の人生であり、干渉できないことを肝に銘じるのも良いだろう。夫も、後悔したくない人生を歩んでいるのである。

実は、こうした考え方は、人々が、病気を抱えた時、あるいは病気がなくても病気の不安を持つ時にも、応用できる大事な考え方なのだと思う。

それぞれの体には能力がある。がんにならない能力にも差がある。努力しても体の能力が変化しないことも多い。それでも、その人なりの健康の方向性というのはあって、それを目指して人は生きて行く。人の寿命期間は、絶対的な限定であり、どんなに長くても120年を超えることはできない。
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