ニュースは、情報を持たないことの哀しさを、世界に発信している。個人の気づきのためのお役立ちツールとして、機能。

 
“テレビやドラマには、生き方参考書みたいなもの!”
と、このところアナ雪、ウッディアレンなどの作品を引用して、書いている。
しかし、ニュースやドキュメンタリーは、もっとストレートな生き方の指南集である。
 
先日、民放のテレビ局が、北朝鮮の現地レポートをしていた。
首都・ピョンヤンの街中を、日本のテレビディレクターか、当局が指定した北朝鮮ガイド付きで廻って、映像に収めたものである。
この番組では、北朝鮮の大きな室内プール、乗馬センター、猪木のプロレス興行などが紹介されていた。
 
日本で、この番組が放映された時、スタジオのキャスターやコメンテイターは、ほとんどコメントしなかった。
彼らの表情を読み取るなら、内心のあきれた思いを隠して、あえてコメントせずという雰囲気であった。
マスコミ関係者は、拉致問題などで微妙になっている北朝鮮との関係に配慮してるからだろう
しかし、このテレビ映像は、もくろみ通りに “北朝鮮は、やはり特殊な国!”というメッセージを、十分に伝えていた。
 
以前の北朝鮮の映像というと、北朝鮮自体が国外向けに作った映像であった。美しい民族衣装に身をつつんだ美女の歌と踊りや、壮麗な建物などが紹介されるといったものだった。
日本人から見ると、取りつくろった自慢話的な映像という印象しかうけなかった。
こうした過去の映像と比べると、今回の北朝鮮の海外向け映像は、変化してきていることは認めるが、相変わらず、作られた暮らしの紹介であった。
 
町を歩く人々が身につけているものは、皆、こぎれいで、若く、姿も美しい。美しい女性と子供をつれて胸を張って歩く制服の男性や、スカート姿の美しい若い女性たちがめだった。恐らく、首都に住む人たちは、外出の時には、きれいな服を着て、女性は化粧をするように指導されているのだろう。
 
猪木がしかけたプロレス観戦も、一群の美しい女性たちが並んでいる。政府高官が訪問したりする時に、広間の扉をあけるのは、美しい若い女性たちだ。こうしたものは異様な光景だ。
 
子どもにインタビューをすることが許されたということで、この番組のディレクターは、制服を着た小学生に、マイクを向けた。
 
ディレクター 「将来、何になりたい?」
小学生 「科学者です」
ディレクター 「将来は、どういうことをやりたい?」
小学生 「将軍様のお役にたつことをしたいです。」
 
答える子供には、脇に若い教師がぴったりついていて、手で子どもにさわりながら、子どもが答える内容をその場で教えていた。そして、子どもは、教師の教える通りに話した。
 
それは、異様な光景ではあるが、この異様な光景を、異様と思わない現地の教師の感覚が恐い!
この映像が海外で流れた時に、見ている人に与える印象を、この教師は、どの位、予想しているのか?
 
いや、しかし、待てよ。この教師は、あえてこうした態度をとっているという可能性はないのか?
もし、この教師が国の窮状を世界に訴えたいなら、子どもが強制されて答える映像は、世界にインパクトを与えるはずだ。北朝鮮の窮状を、世界に発信するのは、有効ではないか?
 
北朝鮮では、直接、政府を批判することはできない。しかし、そうした現状を逆手にとって、あえて子供に対しても強制する国との映像を流せば、今の窮状をアピールできるかも・・・と考える人はいるのではないか?
 
もし、子どもの発言をコントロールする教師が年配者であるなら、ますます、そんな気がしてくる。
苦しい人生を生き抜いた高齢な教師は、国の窮状を世界に知らせようとするかもしれないが・・・。
 
もっとも、政府高官を除き、高齢になれば、首都には住めないのかもしれない。若く、美しくなければ価値がないとする社会なのだろうか?
 
テレビ画面の若い教師は、国への貢献という教育方針を第一に考えていないかもしれないが、どの位の本音なのかは見えてない。いづれ、教育者として疑問に思う時は出てくるだろう。この教師の周りでも、国内問題が、いろいろに起きているのではないかと想像する。
 
北朝鮮当局は、日本向けに自慢をするために、撮影を許可したわけだが、実は、映像を見ている日本人は、全く別の視点で見ている。
提供した人(北朝鮮当局)の意図と、受け取る側(ニュースを見る日本人)の感情との間の、ギャップは相当に大きい。
このニュースは、情報を持たないことの哀しさを、世界に発信している。
 
 
今の北朝鮮は、世界中から、国のあり方を問われている。閉鎖国家での話だが、これを見ていると、私たちの周りでも、似たような状況は起きていないかが気になる。つまり、人が努力をしているが、周りから見れば、何か方向が違うという状況である。しかるべき情報を持てないが故に、人の行動する方向性が、ずれている状況である。
 
現在の日本であっても、個人の単位として置き換えれば、一般人でも問題行動をしてしまうことがある。そんな時、この映像を見て、ふっと自分の問題点に気付くきっかけになるかもしれない。
 
周りの思惑が見えて、自らの逸脱に気付けば、行き詰まっている現状の克服は早い。
 
北朝鮮でなく、一般的な国であればなおさら、個人の思いこみの強い行動では、人の支持は得られない。
さらに、その行動の逸脱が大きい場合には、周りに人は、誰もコメントせず、ただ、あきれているかもしれないのだ。
 
こうして、ニュースも、個人の気づきのためのお役立ちツールとして、いろいろ、機能していそうだ。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック