けなすレビューの文章を読むと、人生を学べるヒントがみつかる。
と、前回のブログに書いたが、同様に、以下のように言える。
威張る人の追い詰められた心境を想像すると、興味深い。
威張る人の行動をみていると、人生を学べるヒントがみつかる。
威張るという行動についても、少し考えてみたい。
買い物をする時、銀行などで、今の店員は、何度も「すみません」「ありがとう」を連発する。
最近は、コンビニでの土下座事件なども起きている。昨今の風潮として、店員がお客に対して過剰にへりくだり、その弊害が出ていると言える。
1回に払う金額が、そこそこ高くなる日用的買い物の代表は、ガソリンかもしれない。ガソリンを入れる時は、1万円が必要になる。
もはや、都会の多くのガソリンスタンドは、大手のセルフチェーン店に変わってしまったが、郊外の街道筋に行けば、まだ、人がにこやかにガソリンを入れてくれるスタンドがある。こうした店では、多くが個人経営の店だ。
私が、普段は行かない街道筋にある、通りすがりのガソリンスタンドでガソリンを入れたら、そこのおばちゃんは、こんなことを言った。
おばちゃん曰く、「消費税は本当に困るわ!社会の格差が、すごく進んでいるのが、肌で感じるわよ。
都会のお金の無い人は、車は持たない時代だけど、田舎は、車がないとどうにもらならないから、お金が無くても、車は持っている。だけど、こういう人はガソリンが買えない。こういう人は、ガソリンを買う時に、すごくいばるの!
この間も、お客が「ガソリン500入れてくれ!」と言うので、「えっ、500Lですか?」って聞いてしまったの。
そしたら、バカヤロー!この車にそんなに入るか!ってどなられたのよ。500円だったら、2-3L しか、はいらないじゃない!」
この話を聞いて、私は、「500円分って、入られるの?」と聞いた。
ガソリンスタンドのおばさんは、「今の機械は入れられるんです。」
私は、「500円分で入れるのは難しいんですとか、言えないの?」と返したら、
ガソリンスタンドのおばさんは、「普通に払える人は、最初からそんな言い方はしません」
確かにそうか?私は自分自身が甘いなと思った。おばさん曰く、今は、田舎のスタンドでも、ガソリンを入れれば、やれポイントだとか、カード決済だとかの設備投資も大変なのだと言う。
固定資産税、電気代、水道代など維持費がかさみ、ガソリンスタンドの経営はとても苦しいと言う。
そして、おばさんは、うちもくるしいけど、客もお金を持っていない事を肌で感じると、嘆いていた。
おばさんは私に言った。ガソリンスタンド経営を止めて、給油設備を取り壊すにも、大変なお金がかかる。親の代から、続いてきた設備を取り壊すのは、とてもつらいが、周りの仲間の個人商店のガソリンスタンドは、店を閉めて行くと言う。
おばさんは、お客にいばられて、辟易しているのだが、おばさんは、お客の生活の質も見通している。威張る人は、窮地にいることがばれているのである。
お金に困っているお客は、満タンでたのむよ!と言えないことがつらくて、逆にいばってしまうのか?つまり、ガソリン500円という買い方をすることがせつなくて、逆にいばってしまうのか?
それとも、日頃の切り詰めた生活に対する憤りから、せめてお金を払う時は、いばりたくなるのか?
威張ることは、威張った人自身も返り血を浴びることなのだと思う。
返り血とは、その人自身の評価を下げることであるが、まさに、いばって買い物をするということは、お金を払いながら、自らを低くしてしまっているのだなあ・・・。
コメント