常識であったことが、間違いであると主張すれば、人の興味を引く。それが本を売るコツ

 
前回、ブログで紹介した、がんと闘うな!の本を書いている医師についてのコメントの追加である。
 
彼の最近の著書が紹介されていた。新聞には、その本に書かれている内容を紹介する書籍広告があった。
広告の文章は、そのままではないが、だいたいの意味合いは、「やみくもな治療で、がん死が早まる?・・」であった。文章の最後には、?が付いていた。
 
この文章には、?をつける必要は無い。
やみくもなという形容詞がついているかぎり、どのような治療も行きすぎていることを意味している。
やみくもな治療は、してはいけない治療である。
やみくもな治療の後には、どんな言葉でも持ってこれる。
 
やみくもな治療で、死期を早めた。
やみくもな治療で、副作用で苦しめられた。
やみくもな治療で、他の病気が起きていしまった。
やみくもな治療で、起きた合併症で死んだ。
 
それまで医学的常識であったことが、間違いであると主張すれば、人の興味を引くものだ。それが、本を売ろうとするコツだろう。
 
現に、この著者は、そうした類の書籍を多数、書いている。
どのように書けば、本が売れるかについて、良くわかっているのだろう。
彼は、医師として、実際に、がん患者とかかわっているだろうし、薬や放射線治療効果のあるがんについても、専門的な知識を持っている。
 
その彼が、「がんは治療をしてはいけない!」と断定的に言うので、本が売れているのだ。
 
彼が、“がんは、正しい知識に基づいた治療を受けるべきである!”と、本を書いても、誰も、買わず、本は売れない。
この言葉を、書籍の広告に使っても、誰も注目しない。
 
このやみくもなと言う形容詞は、それと同様で、その後の文章を意味の無いものにする。
誰でも、「やみくもな治療はいけないでしょう」と、考えている。
つまり、やみくもな治療がダメ!というのは、当り前すぎて、本を売るための広告には、ふさわしくないのではないか?
 
予後の悪いがんは、薬を使えば、死期が早まる人がいる。しかし、2年生存率10%というようながんの場合、ほとんどの人は、1年以内に死ぬ。
抗ガン剤を使わない方が良かった患者さんが中心と言えるかもしれない。
しかし、1年以内に死ぬ人は、100%ではない。
同じタイプのがんでも、薬に感受性の良い患者さんが必ずいて、医師も驚く治療効果を上げる人もいる。
 
実際の、私の周りでもそうした男性がいた。彼の肺がんの話を聞くと、とても興味深い。
彼の話によると、医者は、抗がん剤の治療に躊躇したと言う。
しかし、彼は、ぜひ、治療を受けたい!と懇願したそうだ。
彼は、その強い治療効果が奏功して、今も元気でいる。
 
同じタイプのがんであっても、1人1人がかかえるがん細胞の性質が異なるため、薬への感受性に差がでる。
その人も持つがん免疫の能力や、全般的な体力も、人それぞれだ。
 
病気の治療効果とは、確率論で論じられる。1年経つと、何人の生存し、2年、5年と、生存する人が減っていく。しかし、一般の人が、がんと言われた時に、複雑な確率論を理解するのは難しい。
 
がんの性状についても、医師が知りえるのはごく一部の情報であろう。
薬の影響を受けて、がん細胞は変化する。がんが、転移先で安定増殖できるかも鍵となる。がんを抱えるのは人である限り、免疫機能はもちろんの事、他の臓器への影響が出る。
 
患者の体力も変化し、その人のがんは、その人特有のがんの道筋をたどるし、その人特有の病気の形として現れ、症状となる。
 
抗がん剤は毒薬であると、センセイショナルに単純化するのは、本を売るための手段となる。
しかし、今回、やみくもな!という言葉を使ってしまえば、本を売るためのインパクトには欠ける。
 
実際、難しいのは、何がやみくもで、何がやみくもでないか?という判断が、誰にもできないことである。
やみくもな治療というものは、何がやみくもなのかの実態が無い。
 
治療効果の予想を出すのは難しく、それがわからないから、医者も患者も苦労しているのだ。
 
病気や治療に関しては、正しい判断、正しい選択、正しい使い方、適切な治療 とか、そうした言葉自体が実態を持たないものである。
 
人は、顔、声、性格、能力など一目瞭然に異なる。体は、ひとつとして、他人と同じものを持っているわけで無いのだ。
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