戦国武将の逸話として、劣等感を持つ人はすごい人になれるというメッセージを残してくれている。

 
男性は、戦国武将の物語がお好きなようだ。
 
男性にとって、戦国武将の画策、策略、攻略、などが興味深く、天下取るまでの権力獲得の物語に興奮するのだろう。
 
人を殺して、自らだけが偉くなりたいとする人の世の中は、最悪と思うが、戦国武将が好きな人は多くいる。たとえ、天下が取れない戦国武将が,途中で果てても、後世の人は、大いに美学を感じるようである。
 
戦国武将の生きざまは、史実以上に脚色され、偉人化されて物語になり、後世の人々を魅了してきた。
 
ヒーローである戦国武将は、作り話であるものも多数あるだろう。しかし、後世の人々がどのような人物像に憧れ、どのような戦国武将の生きざまに理想像を見出してきたのかを反映しており、世を超えて興味深いものだ。
 
男性の思考傾向をよく写しだしていると思う。つまり、女性にとっては、戦国武将の描かれ方は、時代を超えて、男性の考え方を学ぶためには、大いに参考となるものである。
 
ある雑誌の特集記事で、シリーズで戦国武将を紹介するものがある。
 
今回は、北条氏康という関東の戦国武将の人となりについてである。北条氏康は、関東の大名であるが、祖父の北条早雲の時代に権力の基盤ができたようだ。
 
氏康は、三代目の殿様であるが、雑誌記事は、北条氏康の活躍と、彼の側近への語録が紹介されてあった。
 
北条氏康は、戦国武将として関東を支配下におさめていたが、謙信や信玄とも、果敢に戦った。
 
歴史話を作る後世の人にとっては、実存の殿様が有能で人望が厚く、領民を救ったのと脚色する必要がある。読書自身が望むような人物像をつくりあげるために、小説家は苦心する。理想像が、戦国武将を作っていくだろう。
 
北条氏康の逸話である。
 
北条氏康の息子が、ご飯にお椀の汁をかけて食べた時、1回の汁では足らず、2回目の汁をかけたそうだ。それを見ていた父親の北条氏康は、必要な汁の量が1回でわからないような息子では、将来が危ういと息子を諭したそうだ。
つまり、息子の物事の予測が甘いという意味なのだそうだ。
 
北条氏は、この息子の時代になってから、結局、天下統一をめざす羽柴秀吉によって滅ぼされてしまう。
 
汁は1回でかけよ!が、実際の史実にあるのかは知らないが、北条氏康は、問題ある父親像であるように思った。このあたりは、女性の目からすると、納得がいかない・・・・。
 
さて、この雑誌は、たえず戦って領土拡大を果たした北条氏康の偉さについて書かれている。その彼の幼少期の逸話である。
 
小さな若殿の氏康は、鉄砲の音に驚いたのだという。
それを家臣が笑ってしまい、笑われた氏康は、屈辱に心が張りさけて、自害しようとしたそうだ。
 
もちろん、そうならなかったわけだが、こうした子どもは、危ないなあ―と感じてしまう。
世の中のことがわからないうちから、“勇気ある人でなけばならぬ!”の強迫観念にとりつかれてしまう。
 
将来偉くなるべき人は、いつも、背伸びを強いられて、大変だなあーと言うところだ。
アナ雪のエルサのように、王となる人の心は、重く重く、子どもの時代を過ごすのだろう。
 
雑誌の氏康の逸話で興味深いのは、この自意識過剰な氏康を、こんな風にほめている点である。
つまり、臆病な子どもでいたことは悪くないと紹介しているのである。
 
「おのれの臆病を知るのは、将来の大器である」
「己を飾らず、見栄をはらない、謙虚で賢い人」
こんな風に、幼少期の北条氏康の資質の高さをほめたたえている。
 
つまり、劣等感を持っていることは、偉い人だという意味でもある。
これって、前回ブログのこじらせ女子と一緒だ!
 
前回のブログで、こじらせ女子は、自らの評価が低く、自分自身のことを下げ過ぎてしまいがちなのは、そこに理想とは違う自分がいるからと書いた。
 
戦国武将の逸話として、劣等感を持つ人はすごい人になれるというメッセージを残してくれているのだ。
つまり、若い時には、劣等感をしっかり持てるような人が、将来は大成すると考えたい。
この考えは、自信が持てない若い人を、カウンセリング時には、役にたちそうだ。
 
それでは、若い時のこじらせ女子だった女性は、将来が明るいはずと考えて良いのだろうか?
 
そうありたいと思っても、現実は、こじらせ女子の将来は、やはり、それほどうまくは立ちまわれないことが多いかも・・・・。
こじらせ女子に限らず、多くの人は、理想とは違う人生に甘んじて生きるしかないようだ。
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