何が人を笑わせるのか?を、考えるのは、人の本質を考えることであり、深いテーマなのだと思う。

 
「ダメよ〜ダメダメ」が2014年の「新語・流行語大賞」の年間大賞を獲得した。
 
「ダメよ〜ダメダメ」はやっぱりおもしろい。子どもたちに人気なのだと言う。しかし、扱われているテーマは、決して軽くないのでは・・・・?
 
扱われるテーマは、「ダメよ〜ダメダメ」コント前半は、老人の哀しさであり、後半は、人の豹変ぶりのおかしさである。
 
老人は、お金で若さを買おうとしている。女性は、ロボットと言えど、人工知能があるが故に、生身の若い女性がそうであるように、老人からの体の誘いを嫌がっている。しかし、女性ロボットは、金づるは欲しいのである。
 
老人が若い女性にせまるおかしさは、世界共通の笑いを誘い、おかしさと哀しさを象徴している。子どもには、細かい事がわからずとも、おかしいのである。
   
エレキテル連合の彼女たちは、いかにしてこのコントを思いついたのか?以前の彼女たちのコントが、ユーチューブに流れていたりするが、この二人のコントのキャラは、今の彼女たちとは、だいぶ異なる。彼女たちは、どうしたら人が笑うのか?ずい分、あれこれ試行錯誤とチャレンジしてきたと思う。
 
彼女たちの以前のコントに登場するキャラは、ガキっぽい恋人カップルで、自分の周りのことしか興味が無い。恋人でありながら、言いたい放題、やりたい放題で、お互いを毒つけたり、けなしあったりしている。
親元を勝手に飛び出してしまって同棲してしまったカップルの雰囲気だ。母親が見れば、どうしてこんな人間になっちゃったのかしらと悲しんだりするかもしれない。
 
かつてのエレキテル連合の彼女たちは、テレビの向こうにいる視聴者に向かって叫ぶ。「ほら!、そこのあんた!、あんただよ、あんた!、明日も絶対、見るんだよ!わかったね!」と、強迫的だ。
 
笑わせようとする必死の思いは伝わるが、若い彼女たちは、とびきり乱暴な言葉をあえて使い、破滅的な暮らし方をコントにしている。聴衆に強いインパクトを与えたいからだろうし、エレキテル連合を覚えてもらいたいからだろう。
 
これでもか、これでもか?悪い子同志!のやりとりを演じている。彼らは、ギャグのパターンを、いろいろに変えて、笑いをねらっているが、「ダメよ〜ダメダメ」の笑いとの質が違う。
こうした笑わせようとの強迫的なコントでは、人はあまり笑わない。
 
彼女たちは、そこに気づき、そして作られた「ダメよ〜ダメダメ」のコントで、大当たりした。
 
チャラは一変して、素直でかわいい愛玩用の女性ロボットと、それを所有している老人のコントである。「ダメよ〜ダメダメ」は、本当に良く、観客の笑いを誘える。
 
「ダメよ〜ダメダメ」の言葉を、ロボットが、ほとんど、口を動かさずに、突拍子に言うのが、おもしろさを増幅させる。
 
ある番組で、エレキテル連合の彼女たちのコントを外国語でやったらどうなるか?を調べる番組をやっていた。つまり、聞いている外人は、彼女たちの「ダメよ〜ダメダメ」に笑うか?である。
 
エレキテル連合の彼女たちは、「ダメよ〜ダメダメ」シリーズを、英語と韓国語、アフリカ語の訳したもの暗記し、コントを演じさせられた。エレキテル連合のこのギャグは、外人を笑わせられるか?を調べるためである。
 
結果は、外人たちは、皆、すぐ笑った。老人がロボットにせまる冒頭のところから、外人たちの笑いはすぐ起きた。外人たちは、落ちを待たずに笑い、この種のコントは、世界共通であることが、良く象徴されていた。
 
英語では、No way,No,Noと訳されていたが、wayと言う言葉は、だめよ!のよ!に当たりそうである。
Wayという単語は、とても効いている。
No,No,Noでは、つまらない。さすが、プロの訳だ。
英語のNo way,No,Noも、ほとんど、口を動かさずに発音できる。
 
アフリカ語では、「ダメよ〜ダメダメ」では、パローレというらしい。これはフランス語から来ているではないかな?
 
“甘い囁き”という有名な歌がある(以下)。言い寄る男性と、相手にしない元恋人の女性が、パローレ、パローレと繰り返す美しい歌だ。ダリダのややかすれた歌声がすごい!
 
老人の男性が、若い女性に頼む事は、世界共通なのである。
そこに、笑いがあり、悲しさあり、人の本質的な欲望がある。
 
老人がお金にまかせて若い女性を誘惑するシーンは、子どもたちでも、大騒ぎになるのだと思う。
子供たちは、ある年齢以上になれば、このおかしさは理解できるし、特に男児には、うけるのではないだろうか?
 
年齢と性愛の問題は、年齢を問わず、興味をひくテーマなのだと思う。
 
老人は、すでに失われた若さ(性)を女性に求めている。女性はそれを知って、じらしている。
おごりある若い女性は、老人の足元を見ている。しかし、老人が女性に嫌気がして、小百合ちゃんに変えようとすると、女性はそれまでの態度とうって変わる。必死に、老人と、よりを戻そうとする。
 
老人は、女性にとっての金づるだからである。こうした行動の豹変が、人の本質を見るようでおかしい。必死で、頼む老人と、拒否する若い女性のやりとりは、苦笑、失笑など、笑いの本質があるような気がする。
 
コントに良く使われるテーマは、人の豹変ぶりである。それまでいばっていた人が、急に態度を変えて小さくなったり、簡単に前言をひるがえしたりするシーンである。
人の豹変ぶりは、ネタになりやすいテーマである。
 
豹変する態度は、人としての道に反する。だから、人は笑う(失笑)のである。人としてのあるべき姿から外れた時に、人は失笑する。
 
何が人を笑わせるのか?を、考えるのは、人の本質を考えることであり、深いテーマなのだと思う。
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