乳幼児の集中力から、性格や資質が垣間見える!

子供にとって、診察室は恐ろしく、不安に満ちたものであるだろう。最近の子供は、生後まもなくから、たくさんの予防注射がある。1回の診察で、2本と言わず、3本、4本の予防注射を希望する親もいる。
 
こうした時代に育つ子どもにとっては、医者や白衣が恐いし、診察室に入るのがいやであろう。
 
診察室での乳幼児では、大暴れをする子や、ぐずる子が多いが、中には、じっと我慢の子どももいる。
そうしたしっかりした子どもでも、動物の本能で、危険を予知している。
 
それでは、親が子連れで診察に来た場合、実際に子供は診察されるわけではない場合、子どもの反応はどうだろうか?診察を受けるのは、親であり、子供自身には危険が及ばないことを、子供自身はどの位、理解できるだろうか?この状況を子供はどのように理解するのか?
 
こうした機会は、子どもの資質と性格を反映するように思う。
 
同じくらいの歳でも、中には、堂々とした風情の子どもがいて、自分に危険が無いのを十分に察知している様子の子どもは、将来のリーダーか?小さなうちから、人は、性格の違いがはっきりでるようで、そうした視点から見ていると、診察室での子どもの様子は興味深い。
 
会社勤めの人であれば、毎年恒例で検診があるが、これは日本では、会社の義務である。その検診の形態のひとつに、検診会社が会社を廻る場合がある。検診会社は、レントゲン車などを用意して、それぞれの企業を廻る。
 
こうした企業検診では、受診者は、身長、体重、視力、聴力、採血などの検診項目を流れ作業的に受ける。
最近は、この企業検診に子連れでくる女性社員を見かける。子どもが小さいと、それぞれの検診項目の場所で、子供が泣くようだ。
 
流れ作業の中には、医師が診察するブースも含まれるが、診察ブースは囲われているので、中の医者には外が見えないのだが、泣く子連れの女性がいれば、まもなく、こちらのブース内に向かってくるのがわかる。
 
先日、泣かない子どもを連れた女性が診察ブース内に入ってきた。固い表情で入ってきた子どもは、中の医者(私)の顔を見ない。しかし、この子が、スーと私の傍に寄って来たのである。私は、近寄って来た子供に、母親からおそわって名前で、声をかけてみたが、子どもは反応しなかった。
 
母親は言った「この子は、愛想が無いんです!」と。
 
私は、子ども頭の中では、今、どうなっているのだろうかと想像した。きっと、不安は一杯だろう。
事態の把握ができなくて、とるべき態度をきめられないのかな?などと、勝手に想像した。
しかし、私の想像は、子どもが次にとった行動で否定された。
 
母親の背部の聴診(聴診器で音を聞く)をするために、母親に振り向いてもらった時、その子供が実にすみやかに、私の傍をはなれて、母親の顔の見える場所へ移動したのである。
その動きは、何のためらいも無く、実にスムーズであり、確固たる様子であった。
 
そうか!この子は、いつでも母親の視野の中に自分を置いているんだと知った。この子は、次にどんな行動をするべきかを予想し、判断している。そのために、気持ちを集中させていたのだ。
子どもにとって、母親から見える場所に子供自身を置いていることが、何よりも大事だから。
 
子供は、こうして気持ちを集中させているのだから、知らないおばさん(私)に反応をしている余裕はない。
 
何か、不安があれば我慢ができず、泣いて泣いて、不安を発散させる他力本願的な子供と比べると、やはり、この子どもは、賢くがまん強いということなのだろう。
 
「だから、お母さん、愛想がないなんで言わないでね。」と、私は心の中でつぶやいた。
この子は、とても、注意深くて賢い子なのだ。
 
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