第三者組織という響きが良くても、中身は無責任組織にすぎないようで、訴訟の的にもなりえるわけで、この仕組みの危険性が議論されるべきですね。


舛添氏への疑惑と釈明が続いています。舛添氏は、盛んに第三者を口にして、公正中立なしくみを採用するかのような言い方をしましたが、この第三者というものほど、あいまいでくせのあるものはありません。

舛添氏の場合も、舛添氏自身で判定人(元検事の弁護士)を選定し、それがどういう立場の人かは、あらかじめはわかりません。

しかし、判定人がどのような経歴の人かについては、マスコミはかぎ分けが得意ですから、その人となりを報道します。その報道を聞いた人は、その判定人が適切かどうかを、それぞれの個人で考えることができます。

しかし、こうした判定材料が無い場合、この第三者というものほど、危ないものはありません。

今回のSTAP事件で、第三者と称して、偏った価値観を振り回して偏向した裁定をした最たる人は、改革委員会の岸委員長でしょう。

桂調査委員会も同様で、第三者という触れ込みにはほど遠く、理研の一部の研究者が解析した結果を追従しただけでした。小保方氏の単独犯行とすることが、理研にとって最良のSTAP疑惑解決法であるとの立場に賛同してくれる学者たちを調査委員に選んでいると思います。

報告者には、ESが偶然に混じってしまった可能性なども書き込まれています。
ES混入がどのような経過で起きたのか、その経緯は不明であるため、調査報告書は、小保方氏の犯行は問えない!との説を結論としながら、一方で、小保方氏が限りなく疑わしいとの書きぶりの報告書です。<

こうした書き方は、前ブログでも書きましたが、小保方氏側からの訴訟にそなえてでしょう。

平行して、調査報告書には、酸浴後細胞の培養7日間における限定期間での犯行であると決めつけて、小保方氏一人のみが混入行為ができる立場であるとの印象操作もしています。

報告書には、小保方氏が7日間培養後の細胞をデッシュの皿にのせて、若山氏に持ち込んでいたとありますので、ESを混ぜるとしたら培養中より、ディシュの皿に細胞を移した時にESを混ぜるのが技術的にはやさしい?ような気がします。

しかし、細胞を渡した時の様子は良くわかっていません。小保方氏も明らかにしていません。STAP幹細胞作成に成功した時に、小保方氏が、どのような状態で(ディシュに培養状態でわたしたのか?ふたに細胞を空けた状態か?)、若山氏に細胞を渡していたのかは、「あの日」には書いていてありません。

又、「あの日」には、実験用子マウスからとった脾臓細胞を、誰から小保方氏へ渡されたかも書いてありません。

これらは、犯人特定につながるような微妙な問題なので、小保方氏は、「あの日」に書くのをやめたのではないか?想像されます。

もともと、調査委員会は、犯人を特定しようなどという気は全くなく、限りなく小保方氏が疑わしいとした状況に置くだけで十分だったのだろうだと思います。

研究所と同様ですが、病院においても、第三者という組織のいいかげんさ、無責任さについて、書きたいと思います。
病院における第三者調査の危うさは、研究所以上かもしれません。

一つの例ですが、千葉の海浜病院で、心臓手術で患者が立て続けに死亡したことを受けて、調査委員会が立ち上がりましたが、幸いなことに、調査委員会の裁定は、医療ミスと言えるような問題はなかったとなりました。

しかし、これに対して、千葉市長は、「医療ミスは無くても問題はある」と言いました。そして調査を続けるために第三者機関を検討していると言いました。

市長は、体制が万全になってから心臓手術を再開したいとのことですが、市長がどんな根拠をもって万全であると判断するのでしょうか?

病院には、心臓手術を待っている人たちがいます。こうした患者さんの立場を配慮すれば、医療ミスが無いとの裁定が出た時点で、できるだけすみやかに病院機能を回復させるような方向を指示するのが市長ではないでしょうか?

そして、実際に、いつから再開するのかは、病院側に任せるべきですし、同時に、市長は、落ち込んだ医療関係者を励まして、すみやかな再開を期待する姿勢を示しても良いでしょう。

市は、心臓外科医を大事にして医療チームを信頼しなければ、病院機能などは消滅してしまいます。

信用されてない専門家が、試されるための作業をさせられたら、屈辱的な仕事であるからして、専門家はいやがるでしょう。小保方氏の行った検証実験も、そうした屈辱的なものでしたね。

医療現場では特に、第三者組織ほど、問題があり、トラブルメーカーになるものはありません。病院の医療ミスは、内部告発が信用できます。手術に立ち会っている人たちが、どう判断しているのかが決め手だと思います。第三者ではわかりません。

心臓手術を判定できる第三者的な専門家には、派閥学閥もあれば、術式の違いなどもあり、医学上のライバル関係にある人たちです。

そうした人たちを、第三者として呼んできて、裁定をまかせたら、お互いをけなし合うことになります。さらに、病院のポストの奪い合いの場になるかもしれません。病院は、新しいグループに変わったとしても、やさしい手術しかできず、成績は上がるかもしれません。これでは、病院機能の低下です。

専門家の仕事を専門的に判断することは、非専門家にはわからないのですから、専門家の間の権力抗争の場になるのです

日本の政治家は、市民に向けても、病院職員に向けても、共に気持ちがアップするような言葉をかけることができず、市民に対してやたら謝ったり、職員を脅すようなことをしてしまうようです。

改革委員会の岸委員長が。こてんぱんに神戸CDBをけなして潰したことは、第三者の岸氏が内部抗争に利用されたという見方もできます。岸氏も、石川氏も、被害を受けた人から、訴えられても良い立場です。

第三者組織という響きが良くても、中身は無責任組織のようなものにすぎず、訴訟の的にもなりえるわけで、この仕組みの危険性が議論されるべきですね。

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