昨日の都議会で、辞任の表明をした知事の言葉は、自らの行動を反省し、その責任をとるとの内容であった。そして、オリンピックは一都民、一国民として楽しみたいと言った。
この言葉は、辞任の言葉とすると、潔くかつ格調も高いと感じた。すがすがしく、権力の座から降りたという印象を受けた。
一昨日の、なにがなんでも辞任したくないと涙で訴えた人が、ついに辞任を決心し、かつ、深く反省し、権力がなくても良いという印象で、さすが頭脳明晰な人は切り替えがすばらしいなどと感じてしまった。
しかし、どうも、今日の舛添氏はそうした潔いわけでもないのかなと感じた。
やはり、彼は怒っている!のか?悔しくてしかたないのか?
自らの不徳の致すところを深く反省するなら、残務整理に精を出すはずであった。
少なくとも、都庁にきて何かをしてほしかった。もし、舛添氏が何らかの政治家として活躍したいのなら、いつもように都庁入りし、21日までは通ってほしかった。
舛添氏が記者会見をやるとするなら、言うべきことは決まっている。
「おごりがあった!公私混同した!これは恥ずべきことで、今後はこの失敗を肝に銘じて人生をやっていきたい」みたいなことを言うしかないだろう。
そして、「知事としての2年半、私は全身全霊で仕事をし、具体的成果をあげることができた。さらに、オリンピックを契機に、今の東京がいかに才能と将来性があふれた街であるかを、世界中に示したく、そのための夢は限りなく壮大であった。」などと続けて、人心を打つような大演説をしてほしかった。
舛添氏は、自らの将来の夢を展望しながら、感極まって泣いても良いと思う。
この演説時、やじが飛んでも、舛添知事は必死にしゃべろうとするならば、聞きたいと思う人はいるはずだ。ヤジを飛ばした人が浮いてしまうような大演説を舛添氏はすべきなのだ。
もし、舛添知事が今後も政治的活動をしようとするなら、こうしたパフォーマンスは必須だと思うし、彼には才能があると思う。
公私混同のお金の使い道についての真実の解明などを明らかにすることに、どんな意味があるのか?出版社の社長の実態がわかって何になるのか?
今回の騒動を契機に、政治資金は、プライベートに使ってはいけないことを、日本全体、政治家から庶民までの層で確認したのだから、それで十分だろう。
他の議員だって、政治資金の使い道をあれこれ言われたくはないのだ。
もっとも、共産党の議員は、中央管理がしっかりしているから、暴露されててもあまり困らないかも・・・。
舛添知事が、ご自身の家族の受けた被害にこれ以上耐えられないと訴えたが、家族は確かに気の毒とはいえ、その前に、舛添氏には婚外の子供が三人もいる。
この婚外の子供たちの成育環境は、少なくても今は恵まれていない。恵まれない出生と生育条件を押し付けた事に、舛添氏の責任がある。
舛添氏が家族の話をしたとき、女性たちはこの事実を思い出すだろう。
この婚外の3人もの子供の存在が、知事選前に暴露されていたら、女性たちは舛添氏に投票しない。
米国なら、選挙に出る時にすでに、こうした過去の問題点はマスコミに暴露されてしまっているだろう。
舛添氏が不機嫌な顔をつづけると、本心は不本意で理不尽と感じているとのメッセージとして受け取られるだろう。
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