昨夜7月13日夜、宇都宮健児が突然出馬を取りやめた。
その日の午後の候補者4人のにこやかな表情を見ると、悲しい印象のショットになってしまった・・・。
宇都宮氏にとって、苦渋の決断であり、ずいぶんと残念だったろうと思う。
宇都宮氏が号泣したかどうかは不明だが、支持者たちは号泣したと思うな。
宇都宮氏は、以前の都知事選では、98万票をとり、共産党の全面的な応援があった。今回は、民進が共産党と組むという異例の共闘作戦の前に敗れてしまった。
宇都宮氏の過去をウキペデアで見ると、常に挑戦を続けた人生であったようだ。
理想主義の秀才だろう。
共産党の医療政策をのぞき見ると、共産党の政策は、理想化、単純化しすぎているという印象だ。
共産党は、地域医療は実にまじめにやっていて尊敬はできるが、医療は、追及すれば満足できるといったしろものではない。
限りなく医療にコストをつぎ込んでも、死んでしまえば終わりである。
人もコストも灰になる。後悔と不満は、必ず残る。
コストをつぎ込んだ分、後悔と不満が増大するという皮肉なものだ。
実際、医療者の中には、金儲けに走る人もかなりの数でいる。薬漬けになるような医療も行われている。
成果が期待できない垂れ流し医療に、健康を害してまで働いて得た他人のお金が使われてしまうのである。
共産党の会員たちは、まじめな知識人、秀才が集まり、知的レベルが高い。
党内で上へ登るには秀才同士の競争が激しそうな印象がある。
宇都宮氏は
、「鳥越(俊太郎)氏の政策を見ていない。野党4党の政策協定があるのかどうかも不透明」
「(野党統一候補の)選定過程が全く不透明。密室の中で決まっている」と・・・・。
と不満を述べている。
当然、宇都宮氏から見れば、どの候補者も都政の素人でしかないと感じるだろう。
しかし、宇都宮氏は、今後を見据えた深慮、遠慮を重ね、泣く泣く断念したのだろう。
一方、公明党は、野党に負けたくない、結束力を示すという意向が強いらしい。動員力のある公明党が、その鋼の動員力をより積極的に行う可能性が高くなっているとネット記事にかかれていた。
共産党とは異なり、公明党は、東大を卒業していたりするエリート創価学会員は、公明党内で出世しやすいだろうと想像できる。政教分離という言葉は、本当なのか?とむなしくひびく。
先日当選した公明党の参議院議員は、自らが創価学会員であると述べたが、平和を愛する人が創価学会に入るから家族ぐるみで入っているとコメントしていた。
この説明はきれいごとすぎると感じた。
演説のうまさという点では、小池氏が一歩、抜き出ている。
声がよくとおりきれいだ。しかし、女性は選挙戦で声を張り上げるのは不利だ。
かつての大統領選挙で、クリントン氏の声はがらがらになってしまった。
そして声のとおる演説の達人であるオバマ氏に負けた。
人心を扇動する演説になると、女性は絶対に不利だ。
声を張り上げる時に入る力が足らないのある。
クリントン氏の今も声の質は変わらないが、今回の大統領の指名選では、以前の選挙の時より、声の持ちは安定していると思う。
この選挙戦で、今後の小池氏の声は、果たしてどの位、維持できるだろうか?
ガラガラ声になって、どこまで絶叫できるのかは未知だ。
最近のテレビは、皮膚の状態まで克明に映し出してしまう。
先日の小池氏は、マスカラがはがれて目の下の頬についていたので、恐らく、彼女はこうしたところにも神経を使うだろうと思う。
泣きそうになるときは、マスカラをつけなくなるだろうな。
小池氏は美しい肌の持ち主であるが、夏の日差しで、しみしみもよれよれも増えてしまうだろう。
それでも、彼女は美しいし、カリスマ性もある。マスカラのよれよれの泣き顔だって絵になると思う。
自民党という組織には問題点が多くあるが、推薦がなくても立候補できるところがやはりすばらしい。さすが自由民主党と“自由”が入っている党だけある。
野党は、結局、宇都宮氏の自由意志を認めなかったのだと思う。
やりたいことができる社会、自由にしゃべれる社会は、やはり魅力だ。
そんな”自由”な自民党でも、いろいろ小池氏へのしめつけはあるだろうが、しめつけが有利に働くとマスコミは言っている。結局、判断するのは選挙民だ。
だから、直接選挙は人々にとって魅力だろう。
17日間の選挙戦は熱を帯びて、どうなっていくのだろうか?
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