妊婦は誰しも、人類共通的な遺伝子異常の元を抱えているが、それが重ならない限り、正常児を生むことができる。

そもそも、体の不調を感じた時、自ら、原因に気づくことができれば、こんなに便利なことはない。

身近に良いドクターがいれば運が良いが、短時間の日本の診療現場では、進行する病気、悪い病気しかみつけてもらえない。それでも、そこが機能していれば、十分な医療と評価できる。
但し、今の成果主義の医療現場では、診療費をかせぐための{無駄な)医療も行われている。

進行する病気、悪い病気でなければ、それぞれの人が、自らの病気をじっくり考えた方が、正解に近い答えが出せると思う。

そのための、予備知識として、体についての理解を獲得することが必要だ。
体物体は、体が反応して、病気を防ぐという基本を理解することが、生物学を学ぶ目的である。

そのためには、学校教育において、もっと生物学を学ぶ時間があって良いと思うし、そうして欲しいと思う。
一般人の能力で、無駄な診療や金儲け診療も排除できる。

残念ながら、私は、今の低中学年の学校の生物学のレベルを詳しくは知らないが、昔の私の時代には、中学も、高校も、細胞の働きについての知識はほとんど学べなかった。
その理由は、そこまで解明されていなかったからである。

中学の生物では、核や細胞質がどのようなものであるかは解説があったが、小胞体、ゴルジ体、などの機能は、不明であるとしか書かれていなかった。DNAはわかっていたが、そこから蛋白合成にいたる経路についても、中高生が理解できるような説明はなかった。

中学の生物の授業では、カエルの解剖があり、台に針で止めた麻酔カエルが動き出して、教室を跳ね回たりした。いたずらっ子のガキは喜ぶが、私のように怖がる少女は多かったと思う。もう、これで、女生徒は生物学を嫌いになる。

但し、高校の理科は、他に化学と物理があったが、私のように物理化学が理解ができない女生徒は、生物を受験科目にするしかなかった。

今思えば、女生徒の将来を見据えれば、生物学が一番、大事なものはないのではないか?と考える。

前ブログで書いたが、ワクチンに関しては、母親である人は、十分な知識と理解をもっていたい問題だ。
ワクチン後トラブルが起きた時に、母親はどう考え、子供に接するかなど、母親は日頃から知識と問題意識を持つべきで、それでずいぶん、救われるはずだ。

日頃の学校生活において、悩みや体の不調を抱える子供は、痛くてつらかったワクチンに責任を押しつけたがるかもしれない。

子供が、友達とのトラブル、授業が理解できないつらさを抱えていた場合、ワクチンが悪者になるかもしれない。
そんな時、子どもの不安を軽減してあげることのできるのは、母親の丁寧な説明と指導であると思う。

ワクチンは打ってみなければわからない。
ワクチン後トラブルは、原因不明のまま終わる事も多い。
それは不思議なことでも、医師が無能なわけでもない。

人の体は多様性であり、顔も違い、声も違うように、すべての反応は個々である。
遺伝子の構造、その働きが個々であるからだ。こうした個人差の解明に向けては、壁がまだ高く、現在の医学のレベルでは乗り越えられないのだ。

厚労省のワクチン開発に関しても、役人は、安全!安全!をめざせ!と製薬メーカーにプレッシャーをかけるだけ、問題が起きると専門家に投げてしまう。ワクチンさえ打てば、はしかも無くせるなどとワクチンを啓発し、何か起きると厚労省は、急にしりごみすると感じる。

しかし、医学の進歩で、わからなかったことがわかるようになるにつれて、こうした厚労省のあいまいな対応も、良くなりつつある・・・。

今は、はしか(麻疹)の怖さから成人へのワクチンが勧められているが、生ワクチンでどんな副作用がでるかは予想不能だ。
なにしろ、生きたウイルスを体内にいれるのだから、いれた麻疹ウイルスがどのように体内で活性化するかは、個人差である。

はしかワクチンは、「ほぼ、安全」とは言える。しかし、この“ほぼ”が前置詞としてつくことが大事なのだ。けっして、「全く安全」ではないのだ。

厚労省は、子宮がんワクチンの推奨をとりやめている。
このワクチンは、考え方が麻疹などとは異なり、ワクチンを受けるかどうかは、本人が十分に効果を熟知すべきタイプのものと思う。

ワクチンをうつか?うたないか?は、母親と女生徒で話し合うのが必要だと思うが、この時、予備知識を教えてくれる専門者がいないのだが、母親が十分な知識を持つことが、子供のために最良だ。

だからこその、学校教育、すなわち生物学授業の重点化の重要性である。

女性は、子供を産む性でもあり、障害児、奇形児、染色体異常児を生むリスクがある。
これは、多くの場合、運である。

遺伝子問題をかかえた胎児は、それが重大であれば胎内で生きられず、流産となる。妊婦は誰しも、人類共通的な遺伝子異常の元を抱えているが、それが重ならない限り、正常児を生むことができる。
だから、運なのである。

この遺伝子の運という考え方を、生物学的に理解していれば、女性たちはもっと早く立ち直れるし、コンプレックスも薄れる。

こうしたことを考えると、生物学、細胞学を学ぶことは、人生を生きる実学なのだと思う。

生物学の授業が学校教育で十分でないのは、以前は、医学的な説明が不十分で、一般人へ説明と理解が難しかったからであるが、今はそうしたバリアは改善されている。
だから、もっと、生物学の知識を子供たちに与えた方が良い。

STAP問題だって、一般人が生物実験に熟知していれば、小保方氏の主張が理解でき、彼女がこんなにいじめられることも無かったと思う。

この事件は、一般人の無知につけこんで、研究実績を持つ一部の男性研究者が、「ざまあみろ!」の勢いで、新人女性研究者の尊厳をうばった事件であった。 

そんなことが起きたのは、女性で新人の小保方氏がシンデレラ的な高い評価を受けてしまったことへの反発と、研究バックが無かったからだろう。

体の不調に悩める人が、自ら、病気をつくりあげてしまったり、医療者の無能に転化したりすれば、その後の一生が苦しいものになりそうだ。
こうした場合にも、学校教育の生物学の習得は、ずいぶん、役に立つだろうと思うけど・・・・。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック