未だに、何も言わずだまっている複数のSTAP実験関係者の状況に変化が起きるかもしれないのである。

前回、小保方氏は彼女自身のやり方で、ばんばっているように思うと書いた。
 
天才、秀才ばかりが集まった研究所では、競争が激しい。その中で、他人から陥れられたり、はじき出されたりすることはある。そこでめげず、勝ち残るには、人並みはずれた才能と勇気が必要だ。
努力だけではだめだし、運も関係する。
 
多くの人は、そうした条件のどれかが欠けるため、栄光の研究者になれない。
夢は敗れて、普通の研究歴でとどまり(これでも大変な才能だが・・・)、やがて、自身から身を引かざるを得ない時がくる。
これは、半沢直樹も同様であるように、すべての職種に共通でもあり、人生チャレンジの終わりだ。
 
このところ、又、2015年の日経サイエンスSTAP特集号を読んでいるのだが、とにかく、読者が小保方犯行説を信じるようにと、意図的な上にも意図的に書かれている。
初めて読んだ時より、そうした印象は強い。
 
そして、手取り足取り、記事を書いた女性記者たちを指導した理研関係者の姿が裏に見え隠れする。
この話を理解し記述するには、相当の集中力が必要だが、一途な女性記者の方が操作されやすいかもしれない。
小保方犯行説を信じるように仕向けるこうした書き方に、逆に疑問を感じる人は少なくない。
擁護派はそうした人たちだ。
擁護派でなくても、興味を維持している人は多いので、小保方著作が売れるのだ。
 
マスコミが小保方犯人説を声高に言うのは、小保方氏のような人がやるはずがないとの社会常識が、根っこにあるからだ。
エリートが犯す犯罪は意外であり、興味深いのである。
彼女のような恵まれた人への追及非難は、最高のマスコミネタだろう。

小保方氏はねつ造などをする環境に無く、動機もないと考える人は多い。
マスコミはそこを打破して、興味本位の情報をコントロールしてみたいようだ。
小保方氏を信じる人たちを打破してみせるとの、日経サイエンス記者の書きっぷりになっている言える。
 
悪意に満ちた報道とは言え、競争世界では、しばしば、起きる現実だろう。
だから、STAPねつ造騒動を調査している途中で、小保方氏が調査内容に不満があれば、彼女自身で理研の理不尽さや不公平さを社会に訴えたり、訴訟を起こすことは可能であった。
 
しかし、最初の頃の小保方氏は、理研の人たちの指示に従うことが、最良の道と信じていただろう。新人なら、そう考えるのが普通かもしれない。
なにしろ、サポートしてくれる一流の学者たちがそろっていたのた。
 
研究上の危機において、女性研究者に必要なのは、体力と支持者(サポートしてくれる仲間や上司)である。
しかし、小保方氏は、後ろ盾を失い、彼女の成育環境とは全く異なる状態に陥れられた。そして、小保方氏のメンタルは、破たんしてしまった。

連日の大きなストレスで、考えることができなくなった様子は、「あの日」に詳しい。
こうした状況で、メンタルヘルスを強く保てて、敢然と戦える女性は、きわめて少ないと思う。小保方氏のような状況にたたされたら、心身の安定が失われ、戦えない状態になる女性が大半と思う。
 
訴訟には、体力とサポートが必要だ。
クリントン氏でさえ、苦しめているガラスの天井が、女性の前には立ちはだかる。
 
小池知事は、英語インタビューで、日本はガラスの天井ではなく、鋼鉄の天井があると表現している。
ガラスの天井は破ろうとする女性が出てくるかもしれないが、鋼鉄では可能性が無い。
 
権威ある調査として立ち上がった最終の桂調査委員会は、外部委員も入れて、証拠をもって裁定すべきとの常識が期待されたにもかかわらず、ほとんど今までのセンセーショナルな調査内容とやり方にすぎなかった。
 
小保方氏本人も認めていない、証拠もないのに、まるで小保方氏が混入させたかのような調査内容の発表であった。
 
考えてみれば、この調査委員会に、新しい事実をみつけられるような力量は無い。
新たな調査スタッフを確保できたわけではなく、新たな検体や検査対象を従来と別ルートから入手できたわけでもない。
桂調査委員会に情報を提供した人たちは、従来の自己点検チームとつながっていて、同じような検査の繰り返しであった。
単に、それまでのシナリオを権威づけるために用意されたものだった。
 
図の取り間違え、さしかえや図の改変など、故意かどうかを問わず、結論には無関係な小保方氏のミスをひとつ、ひとつとりあげて、小保方氏しか混入できる人がいないという印象操作をしたのである。ここは、いつ思い出しても、ひどいと感じる。
 
常識あるはずの複数の科学者たちが、問題点に気づきながら、証拠を示さない、他の可能性を説明しない状況にはびっくりした。
ES細胞がどこかで混入した可能性が高いが、その経緯は不明であるとだけ言えばよかったのである。
 
STAP実験は、ESが混入する危険が高いと当初から懸念されていたが、STAP幹細胞と酷似したES細胞が発見された時、理研上層部は、やっぱりか・・と思ったのだろう。
そして、すみやかに理研CDBの解体が必要とのシナリオが書かれたと思う、
 
論文に記載されているように、STAP細胞とES細胞のキメラマウス作成が同時に比較実験で行われていることや、培養液がSTAP細胞とES細胞で共通なことから、容易にES混入が懸念されるからである。
 
実験ではここをしっかり間違わないようにおさえ、論文作成をしてこそ、理研発の論文であるべきと、上層部は判断したのではないだろうか?
 
まして、そこに共培養などという裏技があるなら、本当に、混入のリスクが高いと思う。実験者が複数いても、混入に気付かないことは起こりうる。一旦、混入してしまえば、幹細胞を作るたびに、同じ混入ミスは繰り返される。
 
この共培養の真偽をめぐっては、今後、実験関係者や小保方氏のコメントが欲しいものだと思う。
 
こうした事故的な混入リスクが極めて高いからこそ、STAP細胞実験中から、自己点検チームの恰好の餌食になっていたと思われる。早い時期から、実験チェックや検体チェックなどについての自己点検チームのチェックターゲットになっており、論文発表と共に、自己点検チームは、ねつ造疑惑を広めたのであろう。
 
いまだ、混入事件が起きた経緯や、ES細胞とSTAP幹細胞の遺伝子酷似の理由はわかっていないが、判断に必要なまともな検証はされていないのだ。
 
混入ミスの原因について、多種の可能性が想定されなければならないが、専門家からはそうした科学的思考が紹介されなかった。ここも、擁護派の人たちの輪が広がる原因だろう。
 
擁護派の人たちは、小保方混入説の採用に都合の良い検体調査がなされただけなのだと考えている。
だからこそ、今後の小保方氏は、この部分をあれこれ、コメントしていくのが、身の潔白に有用と思う。
「あの日」に書いたことを、何度も何度も、アマ向けプロ向けに言い方を変えて、混入の原因の可能性を説明するのである。
 
実際にやられた検証実験も、科学的には意味がない。
実験者(小保方氏)があるといえばあるのが新規の実験である。
不正を指摘された科学者本人が再現実験をしたいというなら、ガイドラインでは、実験者の権利として再現実験が認められているようである。小保方氏は、彼女の希望する環境で、再現実験したいと主張する権利もあったのだ。

実際の検証実験では再現できず、それがSTAP細胞が無いことを証明したなどと、世論操作がされてしまっている。
 
なぜ、小保方単独犯でなければならないのだろうか?
なぜ、CDBの解体に持っていかなければならないのか?
これらを達成すべきとの判断はなぜか?
STAP実験において重大なミスを犯したのが、理研CDBを代表する研究者や研究室では困るのか?
 
結局、小保方氏は、心の叫びを文章にする手段を選んだ。
訴訟で多くの人たちを敵に廻したり、好奇の目にさらされるのより良いと判断しただろう。

小保方氏が文章において苦しい気持ちを吐露しても、世間からの直接攻撃を最小にできるだろう。
悪意にみちた攻撃や非難を一切、受け取らないで、本や手記などの著作の手段なら、小保方氏側からの一方的な情報提供ができる。
 
小保方氏が婦人公論での日記の発表はそうしたやり方に合っていると思う。
小保方氏が正しくない、彼女は嘘をついているということを言う人がいるなら、その人にそこをしゃべってほしい。

小保方氏の身の潔白を訴える文章の迫力は、真実解明への何からの誘い水になるかもしれない。
未だに、何も言わずだまっている複数の実験関係者の状況に変化が起きるかもしれないのである。
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