“ねつ造の科学者”の冒頭は、今となると、実に悲しく、泣きたくなるような描写部分となってしまっている。

ミステリー作家は、最後まで犯人がわからないようにしてストリーを書く。しかし、“ねつ造の科学者”は、その真逆の方向性で書かれている。

“ねつ造の科学者”は、マスコミによるドキュメンタリータッチで書かれている。本来のドキュメンタリーとは、記者がいろいろな取材を通じて入手した情報から、記者自身がだんだん真実にせまっていき、事実を社会に暴露していくというストリーであるはずだ。

マスコミがスクープを狙うなら、結論に持っていくためには独自で多くの取材をしなければならない。答えが無いものを明らかにするには、しっかりした情報を信頼できる筋から入手しなければならない。スクープの裏をとるためには、後で無駄になってしまうような努力もさんざんしなければならなくなるだろう。

しかし、今回のSTAP事件においては、マスコミスクープには、そうした努力はいらない。
著者(須田氏)の元には、最初から、ねつ造の事実があったとの情報がサルのように漏れてくるのだ。理研の内部の撮影も許され、実験材料の写真を撮ることも許可してもらう。
ねつ造を画策する科学者が須田氏に情報を与え、記事化を誘導しているからだ。

マスコミ記者としては、流れ込む極秘情報をなんとか隠し、独自の取材の成果であると表面的に取り繕うスタイルをとりながら記事用文章を作ったのだろう。

須田氏は、NHKや日経に記事を出し抜かれたとかも書いているが、複数のソースからの情報が、複数のマスコミに流れていた事実を示すものだ。

実際、関係研究者の記者会見、論文撤回、研究所発表など、ねつ造疑惑につながるような事件が次々におきていくのだが、須田氏の中では予想通りに起きてくる出来事であったはずだ。

むしろ、予想された通りに、事件が起きていく過程を追っていくたびに、須田氏は、極秘情報であるはずの事実を隠し通すことができずに、全部暴露させてしまうのだ。

研究者たちは名前を伏せ、露骨な表現による暴露内容を伏せて欲しいと須田氏に要望をしたであろうが、須田氏は、科学者たちからの内通の事実や、露骨な悪口まで暴露し、“ねつ造の科学者”にその証拠を残してしまったのだ。

“ねつ造の科学者”は、論文発表前の研究者たちの、心ときめくわくわくするような興奮の様子から、ストリーが始まる。
笹井氏のはしゃぎぶりが良く書かれているのだ。
だから、 “ねつ造の科学者”の冒頭は、今となると、実に悲しく、泣きたくなるような描写部分となってしまっている。

なぜ、このままハッピーな時間を続けることができなかったのか、なぜ、STAP細胞がこんなにも残酷なかたちで終焉したのか?を考えると胸にせまるものがある。やはり、著者の若山氏が鍵をにぎる部分が大きいと感じる。

笹井氏の女神の神殿の話を思い出すとなおさらに、この冒頭部分が悲しい。
笹井氏はSTAP研究に生命の神秘探求の大きな夢物語を膨らませていたようだ。
小保方氏が生命感あふれる若い女性であったことは、彼の夢物語の追及に無関係ではなかったはずだ。

男性研究者は、その巨大脳の思考回路の中で、理想の女神像を膨らませて、研究のモチベーションにつなげる事ができるのだろう。
実際の女性はそれほどすごいものでないはずでもだ。
男性脳の作り出した理想の女性像に男性が裏切られる話は、文学作品で良くみかけるものだ。

女性には秀才と言えど、頭に巨大回路などもともと存在しない。本気になった男性には勝負にならないのが女性の現実だと思う。

須田氏も優秀な記者とは言われていたのだろうが、若い女性であることはやはり有利だったであろう。しかし、須田氏にも巨大回路脳は存在し無い。

研究者の記者会見のあるたびに、須田氏は他の研究者にコメントやら評価を求めている。
そして、論評も悪口もいっしょくたに著書に残してしまった。

人から聞いた話が、須田氏自身で考え付いたかのような気分にもなってしまうのが須田氏であるようだ。こうした傾向は、一般的に女性が陥りやすい弱点に思う。
つまり、他人から聞いた話なのに、自身の意見としてすり替わってしまうのである。
そのことに、彼女自身はどの位、気づいているのだろうか?

情報を提供する科学者は、須田氏にねつ造の記事を書かせたいわけだから、その方向の情報をふんだんに与えていく。マスコミは、読者にねつ造事件があったことを説得させようと必死になっっていくのである。

他人から得た情報が、須田氏の意見として書かれるため、“ねつ造の科学者”の読者にとっては、研究者たちから情報が洩れていく様がわかりやすくなっているのだ。
結果、この本は、STAP事件の第一級の証拠本として価値が高いということになる。
須田氏が意図したこととは違う方向で価値があるのである。

今、事件から時が経ち、NHKがBPOの勧告を受け入れようとしない事実がある。
マスコミは、マスコミによるミスを決して認めたくないのである。
NHKは、信頼できる科学者たちからダイレクトにもらった情報に基づき番組を作ったとの主張があるからだろう。
当時のマスコミが置かれた背景がよくわかると思う。
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