科学界の新規発見で生じた論争については、科学的論争でしかるべき解決に導く手法がとられます。しかし、STAP事件は全く様相を異にしています。

前回、T細胞は、自身の細胞から情報を受け取ってから活動を開始すると書きました。
自分自身の細胞から情報をもらうという仕組みをもう少しわかりやすくしてみます。

人はそれぞれ自分印という蛋白構造を作っています。特定部位のDNAが作る蛋白物質です。
私たちは、この自分印をいつも持ち合わせているのですが、健康な人では、自分印に気付くことはないのです。
しかし、体内のT細胞が活動するためには、自分印を示す蛋白物質が必要になります。
T細胞は、自分印蛋白と一緒に差し出された情報でないと受け取りません。

この自分印の蛋白は、遺伝子から作られますが、自分印をつくる遺伝子をMHC遺伝子と呼びます。この遺伝子から作られる自分印蛋白物質をMHC分子と言います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E8%A6%81%E7%B5%84%E7%B9%94%E9%81%A9%E5%90%88%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E8%A4%87%E5%90%88%E4%BD%93

この考え方が大事なのは、臓器移植の時で、他人の臓器をもらうと、他人印の臓器が体内に入ります。臓器をもらった人は、その臓器に自分印が無いので、もらった人の免疫細胞は拒絶反応を起こします。

他人の臓器は自分印がなくて他人印になっているので、免疫細胞は、危険な病原体と同じように判断し、拒絶に向けた行動を開始するのです。

人の免疫は、自分印が無い状態で活動開始する反応系(自然免疫系)と、一方、自分印と一緒に差し出された情報を確認してから活動を開始する反応系(獲得免疫系)の両者があります。

わかりにくいですが、たとえば、こんなたとえはどうでしょうか?
親が教えなくても子供が自然にこなせる作業が自然免疫系であり、親がしつこく間違えないように教え込まないと、子供ができるようにならない作業が獲得免疫系と理解してみるのはどうでしょうか?

親が子に一生懸命に教えた場合、親は子に教えた過程を思い出すことができますが、子供が自然に覚えた場合には、親は気づきません。
この場合、親は、「あれ、なんで(子が)知っているの?」となるわけです。

自然免疫は、気づかないうちに発動し、病気が治ったりします。
もちろん、自然免疫がこじれて、しつこい病気になることも少なくありません。

以前は、獲得免疫ばかり、医学者は考えていたのです。最近やっと、自然免疫と獲得免疫のクロストークが解明されてきました。

前回、獲得免疫の方が早くに解明が進んだと書きましたが、自然免疫は、親にとって子の実態がつかめないのと同じように、把握と解明が難しかったのです。

しかし、医学上、ひとつの新事実が分かった時、それが教科書的な知識となるまでには、科学者たちの熱い戦いがあります。

あるグループが未知なる領域で新たなエビデンスを出した場合、それが画期的な事実の場合、世界中でそれを追試する実験が行われ、新たな異なるエビデンス間で、反論が繰り返されます。

前の事実と異なる結果が出た場合は、それぞれの科学者は、自論が正しいと争うことになります。

科学的論争の一つの例を出します。
好塩基球(白血球の仲間)の動態について、かつて激しい論争があったとのことです。
それは好塩基球がMHC蛋白分子を表出できるのか?できなのか?についての論争でした。

好塩基球は高親和性のIgE受容体を持っていてアレルギー反応を起こすことができる白血球です。
この好塩基球がMHC蛋白分子を表出できるなら、抗原提示能があることになり、炎症の場での好塩基球の重要性が増します。独自にアレルギー反応を増悪し続ける事ができるからです。

好塩基球がMHC蛋白を表出して抗原提示することができるとする研究グループと、いや、好塩基球はできないとする研究グループの間で大論争になりました、
お互いに実験成果を出し合って激しく戦いました。
2つの研究グループがまっこうから反論しあい、お互いに譲らなかったのです。

しかし、結局、両者ひきわけとなりました。
どういうことかと言うと、好塩基球はMHC分子を他の細胞からかじるとるようにもらうことができるという現象が発見されたからでした。
MHC分子を多く表出できるのは抗原提示専用に作られた細胞ですが、炎症の場では、抗原提示能の高いプロフェッショナルな細胞は、樹状細胞と呼ばれ、このタイプの細胞が増えています。

樹状細胞の持つ豊富なMHC蛋白が好塩基球にかじり取られて、好塩基球表面に移行することがわかりました。結局、対立する研究グループ両者共の主張が、それぞれに正しいということになったそうです。

ちなみに、好塩基球とは、人がダニなどに喰われた時、ダニの吸血行動が抑えられるように局所に集まってくる役割を持つ白血球です。

元々は、そうした感染防御の役割であるにもかかわらず、好塩基球は、人にアレルギーをおこす細胞であることで有名です。
元々は生体防御のために準備された白血球ですが、近代生活で人の免疫が混乱して、過剰な反応を呈する悪玉細胞のようになっているわけです。

さて、ここからが本題です。
このように、新規科学の世界では、誰も予想しない現象を誰かが発見した時、反論は必須だということです。研究者同志の戦いがあり、お互いに新規の実験を重ねて論破しあうのです。
高度に専門な領域は、高度に専門な人たちでフェアに議論されます。

しかし、STAPの場合はどうだったのでしょうか?
STAP細胞を説明したのは、どういう人たちだったのでしょうか?
酸浴細胞からキメラはでき、酸浴細胞以外からはできないという実験結果が示されたものの、それはESが混じったということになりました。

多くの実験で、STAP細胞はESとは違うと確かめたはずの実験については、一切の検証がなされませんでした。
STAP細胞の場合、キメラができ、このキメラ動物の構成細胞の元の細胞は何か?の答えは今はありません。

普通なら、論文発表があった後、興味を持つ世界中の研究者たちは、反論のための実験をしたりして、学者同士の議論が盛り上がるはずでした。

ところが、STAPの場合は、そうした流れにはなりませんでした。
多くの実験を担ったはずの著者自身による論文否定、著者らには制御できない研究組織からの情報が流出しました。

不幸だったのは、マスコミや一部の学者の無理解により、論文がすぐに疑わしいものにされてしまったことでした。
分子生物学会の大々的な論文否定、本来、専門の研究者の間で議論されるべき内容が、そうでない学者層によって、間違って解釈されてしまったようです。

しかるべき人がしかるべき議論をすべきだったのに、それができない状態になったと思います。

多くの誤った情報が意識的に流されたこと、STAP細胞が偽物であると本気で信じて活動してしまった学者層がかなりいたことがわかりました。

学とみ子は、周回遅れで過去の出来事を追っているうちに、こんなに偏った情報で人々が誤解していったのか・・・の過程を知りました。
TCRを巡る誤解は、その代表と言えるのかもしれません。

かつて、好塩基球をめぐる論争のように、しかるべき研究者たちの間で、しかるべき議論がなされ、結果、両者引き分けとなったのは、研究界にとって、ハッピーな事だったと思いました。

科学界の新規発見で生じた論争については、科学的論争でしかるべき解決に導く手法がとられます。しかし、STAP事件は全く様相を異にしています。

理研が、検体サンプルの解明より、検証実験を優先したのは、残存検体サンプルの信ぴょう性が問題視されていたからでしょう。

理研内が、事件を科学的に検証できない事態に陥っていたのです。
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コメント

No title

ため息
>学さん

質問は無視で、新たな記事なんですね。

この記事の学さんのSTAP事件を他の科学的新発見時の論争と同様に取り扱う態度は、科学の世界にいる・いた方として異常です。

以下に、この記事についてのコメントを当方のブログ(ttp://seigi.accsnet.ne.jp/sigh/blog/?p=12351)にアップしましたのでご覧ください。
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