再  科学未来館 詫摩記事

キメラマウスになった細胞は、本当にSTAP細胞だったのか?
科学の視点からすると、一番の疑問はこれになるかと思います。「STAP細胞は本当にあったのか」と言い換えてもいいでしょう。
Nature誌2014年1月30日号に掲載されたSTAP細胞の論文をめぐって、さまざまな疑義が生じています。筆頭著者の過去の論文にも疑義が生じており、その多さに、STAP細胞の存在そのものが疑われているような状況になっているのも、残念ながら事実です。
現在、筆頭著者の所属機関である理化学研究所(理研)をはじめ、関係する機関がそれぞれ独立に、疑義に関して調査をしていると表明しています。
私たち未来館の科学コミュニケーターは、指摘されている疑義に関して、それが不正であるかどうかを判断できる立場にはありません。しかし、倫理的な問題の大きさは別として、疑義の中には、STAP細胞の実在を根本から揺るがすものと、それほどでもないものがあります。今回は、それを紹介していきたいと思います。
まずは、STAP細胞とは何かの要点をしっかりと押さえておきましょう。STAP細胞は日本語では「刺激惹起性多能性獲得細胞」といいます。この「多能性」は、英語では2つの専門用語に対して同じ訳語が使われてしまっています。ややこしいので、理研のプレスリリースでも使われている「万能性」を使うことにします。
STAP細胞とは、
①体細胞が
②刺激(酸に漬けるなど)を受けることで
③万能性を獲得した細胞です。
少ししつこく書くと、
身体にもともと万能細胞があったわけではなく、
「いったん分化し終えた細胞」が
「刺激を受けて」初期化され
「万能細胞になった」、という意味です。
万能細胞としては、ES細胞やiPS細胞が知られていますが、ES細胞は初期胚からとるので、「いったん分化し終えた細胞」由来ではありません。iPS細胞は遺伝子などを加えることでつくるので、「刺激を受けて」の部分がSTAP細胞とは異なります。
「いったん分化を終えた細胞」の部分の根拠
Natureの論文でこの部分の論拠にしているのは、下の写真で、これで T細胞という白血球の一種がOct4陽性細胞に変化していることを示しています(Oct4陽性細胞とは、万能細胞の条件の第1ステップをクリアした細胞程度にお考えください)。T細胞はまさに「いったん分化し終えた細胞」です。http://blog.miraikan.jst.go.jp/images/20140317_takuma_STAPgel.jpg上の写真は理研・調査委員会の中間報告書から。もとの写真はNature誌
なぜ、この写真でT細胞からOct4陽性細胞になったと言えるかというと、真ん中のT細胞(Lymphocytes)と右の2つのOct4陽性細胞のレーンには、ほかの線よりも薄いはしごのような複数の線があるからです。このはしごのような線は、T細胞に特有の特徴で、これが現れるということは、これはT細胞か、T細胞から変化した細胞である、といえるわけです。
このはしごのような線が見えると、「TCR再構成があった」と専門家は表現します。(TCR再構成の意味は、また別の機会に)
 この写真は切り貼り加工がされているという指摘が早くから出ていました。3月14日発表の理研の調査委員会の中間報告によると、筆頭著者は切り貼りを認めたそうです。真ん中のT細胞のレーンは切り貼りだったのです。
な~んだ、じゃあ、ダメじゃないの。
と、言われそうですが、そう簡単でもないのです。TCR再構成(はしごのような線)はT細胞に特有だと書きました。そして、写真の2つのOct4陽性細胞にはそれが現れているのです。2つのOct4陽性細胞のレーンに不可解な点があれば、「ああ、結果をごまかしたのね(=本当は、Oct4陽性細胞はT細胞由来ではなかったのね)」とすぐになりそうですが、切り貼りされたのは比較参照のために置かれているT細胞のレーンです。
中間報告では、切り貼りが行われる前の写真も公開されました。
http://blog.miraikan.jst.go.jp/assets_c/2014/03/20140317_takuma_STAPgel2-thumb-365x540-15806.jpg
写真は理研の調査委員会の中間報告書から(写真の一部を抜粋)
4のレーンが前の写真の真ん中に相当し、5と6が前の写真の右2つのレーンです。調査委員長の石井俊輔先生は「なぜ、これをそのまま使わなかったのか」と仰っていましたが、私もまったく同感です。T細胞の線が薄いので見えにくいから、もっとはっきりしたものを切り貼りしたというのが理由だったそうです。
釈然としませんが、「TCR再構成」の点はもう一度、後で触れるとして、次に行きましょう。


「万能細胞になった」の部分の根拠
STAP細胞の特徴はなんといっても「万能性」があることです。
細胞が万能性を持つかどうかについては、おもに以下が重要とされています。
前段階: Oct4遺伝子を発現しているか(Oct4陽性細胞になっているか)
培養皿上でほかの種類の細胞に分化できるか
マウスに移植するとテラトーマ(奇形腫)がつくれるか
初期の胚(胚盤胞)に入れるとキメラマウスになるか
前段階のOct4陽性細胞になっているかどうかは、「万能性の証明」ではなく、ふるい分けの条件のようなものです。実験ではOct4を発現すると緑色に光るようになったマウスの細胞が使われていました。光った細胞と同じ操作で得られた細胞だけが、次の①(培養皿上での分化)、②(テラトーマ)や③(キメラマウス)の実験に進むわけです。注1)注2) ①から③に行くほど、万能性のチェックとしては厳しくなると考えていいです。
②のテラトーマは良性腫瘍の一種ですが、その中には、表皮や筋肉、腸など、さまざまな種類の組織になりつつある細胞群が含まれています。万能性とは「身体のあらゆる種類の細胞になれる」ことですから、このような腫瘍が生じてくるわけです。論文にはOct4陽性細胞から作ったテラトーマの写真があります。3枚ひと組で2セット載っています。このうち、下段のセット(下の写真で赤い太線)に関しては、調査委員会は調査中としていますが、まったく違う実験結果の写真と同一と見なしています。テラトーマ形成の証拠と見ることはできないのです。
http://blog.miraikan.jst.go.jp/assets_c/2014/03/20140316_takuma_STAPtelatoma-thumb-427x286-15808.jpg理研の調査委員会の中間報告書から。元の写真はNature誌に掲載
上段のセットの写真は今回の中間報告では触れられていませんが、「移植後7日目のテラトーマの写真にしては、分化が進みすぎていて、おとなのマウスの組織片の写真ではないか」といった指摘が実名でも匿名でもネット上に出ています。
 
では、万能性を示す、一番厳しいチェック項目であるキメラマウスはどうでしょう。キメラマウスは、初期胚に注入した細胞が、生まれてきたマウスの身体のどこにはいっているかを調べるテストです。目印として、注入する細胞にはやはり緑に光る細胞を使います。例えば注入した緑の細胞が血液にしかなれない細胞だったとすると、マウスの血液には緑の細胞がまじっていますが、身体のそのほかの部分には緑の細胞はできてきません。論文には、全身が緑に光るキメラマウスの写真が載っていました。注3)
おわかりでしょうか?
テラトーマ形成を示すデータには、「確かだ」といえそうな証拠が示される状態になっていません。ですが、より厳しい万能性チェック項目であるキメラマウスの写真はあるのです。
そっか、やっぱりSTAP細胞はあったんだ~
となりそうですが、これもやはりそうではないのです。
 
キメラマウスになった細胞は何だったのか?
先ほど、釈然としないまま残しておいた、T細胞について思い出して下さい。ここで、最初に詫摩がどのようにあの論文を読んだのかを振り返ります。
①マウスの脾臓の細胞群(CD45 陽性細胞:T細胞やB細胞など、いくつかの種類の細胞のミックス)を酸に漬ける
②多くの細胞が死に絶えた後、Oct4遺伝子を発現して緑に光る細胞が出現した(Oct4陽性細胞)
③Oct4陽性細胞はT細胞に由来する細胞だった(TCR再構成があった)
④Oct4陽性細胞をマウスに移植したらテラトーマが生じた(ただし、確実と言える証拠なし)
⑤Oct4陽性細胞と同じ条件で処理をしたCD45陽性細胞をマウスの初期胚に入れたらキメラマウスが生まれた
いかがでしょうか?
私と同じ"早とちり"をしてしまった方もいるのではないでしょうか。
②のT細胞に由来するOct4陽性細胞と⑤のキメラマウスになった細胞が同じタイプの細胞だと、私は思い込んでいました。
ですが、酸に漬けたもともとの細胞群(CD45陽性細胞)がいろんな細胞が混ざったミックスですので、キメラマウスになった細胞がT細胞由来であるとは言え切れないのです。
STAP細胞の要件である「いったん分化を終えた細胞」が「刺激を受けて」「万能細胞になった」の最初の部分の証明がされていないのです。
これでは、脾臓にもともとあった別の万能細胞や、何らかの理由で混入したES細胞などである可能性を捨てきれません。
この点は慶應義塾大学の吉村昭彦先生や明石市立市民病院の金川修身先生、広島大学名誉教授の難波紘先生が比較的早くから指摘していらっしゃいました。匿名での指摘もありました。
証拠が論文に十分に示されていないわけですから、本来は査読の段階で見つけられるべき不備です。ですが、なぜか見つからずに掲載されてしまいました。
はっきりさせる方法はあります。
キメラマウスの細胞を採って、TCR再構成が見られるかどうかを調べればいいのです。TCR再構成があれば、もとの細胞はT細胞由来という証拠、つまりはSTAP細胞という証拠になります。
キメラマウス作成の実験をなさった著者のお一人、山梨大学の若山照彦教授は、STAP細胞からつくったSTAP幹細胞を手元にお持ちだそうです。この細胞もキメラマウスづくりに使われた細胞です。これを第三者機関に渡して解析してもらうと仰っています。注4)
ただし、STAP幹細胞に関しては、著者のうちの3人が3月5日に公表したSTAP細胞づくりの手順書によれば、TCR再構成はなかったと書いてあります。注5)
STAP細胞からつくられたキメラマウスは胎盤も緑に光っていました。これは、万能細胞として知られるES細胞でも、一般的にはない性質です。注5)
キメラマウスづくりに使われた"STAP細胞とされる細胞"がT細胞由来だとされれば、本当にSTAP細胞があったのだ、ということになります。
 
でも、もうしそうでなかったら......。
「ない」ことを証明することはできません。T細胞由来ではなくても、刺激で万能性を獲得した別な細胞だった可能性は否定できないのです。
 
結論が出すには、STAP細胞が「ある」ことを誰かがもう一度、示して、検証しなければならないのです。いつまでたっても、それがなかったら、STAP細胞は「なかったようだ」ということで、忘れられていきます。
ですが、正直なところ、調査の途中とはいえ、これだけの傷のある論文となると、第三者が再現をする気になるかどうかさえ疑問です。
調査委員会の会見によると、著者のお一人である理研の丹羽仁史先生は、すべてのプロセスの再現実験をすると仰っているそうです。著者グループが再実験をしても本当の意味での再現にはなりませんが、その成功が、STAP細胞の存在を明らかにする最初の一歩になるはずです。
 
最後になりますが、データの改ざんや捏造、盗用などを考えたこともなく、日々、真摯に科学と向き合っているすべての研究者に、とくに理研の方々に、私ごときで僭越ですが、心からのエールを送らせていただきます。
 
 
注1)STAP細胞の再現に成功したといういくつかの非公式な報告は、いずれも緑に光るところまでだったようです。

注2)緑に光る細胞の写真についても、そのまわりで画像がカクカクしているという不自然さが指摘されていましたが、「問題なし」と判定されました。Nature誌に投稿した写真では不自然さがなかったためです。

注3)キメラマウスに関連した写真も、別々の実験の結果なのに、同じマウスの写真が使われているとの指定がありました。中間報告では、最初は比較のために2つの実験の写真を並べていたが、あとから文章では比較するのをやめたのに、写真は削除し忘れたという説明があり、「不正ではなく、単なるミス」と判断されました。

注4)山梨大学のサイトや一部報道では、若山先生が調査に出すのは「STAP細胞」となっていますが、ご本人にお聞きしたところ、「STAP幹細胞」でした。STAP細胞は、培養状態ではあまり増殖しないのですが、培養条件を変えると盛んに増殖するようになります。これがSTAP幹細胞です。この細胞からも、キメラマウスはつくられています。
注5)上の若山先生のお持ちの細胞に関して、STAP細胞かSTAP幹細胞であるかを詫摩が混乱していたため、この2つの段落は3月17日19時30分頃に加筆しました。
※このほか、中間報告では他の論文からの文章の盗用と思われる箇所についても発表がありました。これに関しては、1つは「盗用ではない」、もう1つは「検討を継続」となりましたが、どちらもSTAP細胞の実在を根幹から揺るがす部分とは言えません。
※中間報告では6つの項目が上がっていますが、これ以外にも調査対象にすべき疑義、対象にすべきかどうかを検討している疑義があるそうです。
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